マンガ/上大岡トメ
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 私は、自分の母親を「すごい」と思っている。

 それは、「介護」。

 私の祖父母で母親の両親2人の介護をして見送った。そして、事故で「要介護5」になった父を5年間明るく介護した。

 祖父は、わたしが高校生の時にボケ始めた。母親とわたしを間違えた。

 私を「絢子」と、母の名前を呼んだ。母が行くと、「この人、誰?」と、言い出した。

 そして、おもらしなどが始まった。そして、介護生活に突入した。

 もちろん、高校生のわたしや、当時、小学生や中学生の弟たちは無関心。

 介護は、母と祖母の日課になった。

 そして、まず、参ったのは、祖母だった。泣き出した。

「わたしは、どこにも行けない」

「もう、おじいちゃんの世話するの嫌」

 母は、そんな祖母を責めなかった。

「ほんま、しゃあないわ」

 と、笑って祖父の介護をした。

 そして、祖父が亡くなってから10年。それまで、元気に遊び歩いていた祖母が、ガンになって弱りだした。

 ある日、重い荷物を持ったことによって骨折して寝たきりになった。ガンのつらさと重なって、

「死にたい」

「殺してほしい」

 そんな言葉を言うようになった。

 その時、わたしは、社会人。やっぱり、祖母の介護は、母に任せたままだった。

 母は、誰かを責めることもなくひとりで祖母の介護をした。

 しかも、祖母の調子が少しでも良いと、桜を見に行ったり、祖母を楽しませようとしていた。祖母は、最後は、静かに息を引き取った。

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