「なんだと!」
「この野郎、やるか!」
正月早々、親子で取っ組み合いである。息子が本気でつかみかかると父はあっけなく組み伏せられ、息子は父の老いに気づく。亭主関白で癇癪(かんしゃく)持ちの父と反抗する息子。そんなエピソードはまるで向田邦子脚本のテレビドラマ「寺内貫太郎一家」に出てくる小林亜星と西城秀樹じゃないかと思った。
教授が後年、ベルナルド・ベルトルッチの『ラストエンペラー』で日本人初のアカデミー賞作曲賞を受賞すると、老いた父はその栄誉に感涙にむせんだという。
大貫妙子さんが自分のライブに教授の両親を招待したのは、矢野顕子さんとともにニューヨークに移住した教授から父が寂しそうだから呼んでくれないかと頼まれたからだ。
「坂本君のお父さん、あんなに静かになっちゃって」と僕の傍らで大貫さんがひとりごちた。「昔は怖かったのに」
世界の音楽ファンに惜しまれながら教授はこの世を去ったが、もしかしたら向こうでお父さんの一亀さんとしみじみ酒を酌み交わしているのかもしれない。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中
※週刊朝日 2023年5月19日号