伊黒の言うことはもっともなのだ。炭治郎と禰豆子を守ろうとした義勇ですら、はじめて禰豆子を見た時には、禰豆子の左肩に日輪刀を当て、鬼とは人間を襲うものなのだと炭治郎に言っている。
『鬼滅の刃』に登場する鬼は、すべての鬼が“元人間”だ。言葉を話し、人間時代とほとんど変わらぬ外見の者もおり、知性があり、時に人をだます。身内が鬼になった場合は悲劇的で、鬼が自分の家族を襲い、喰ってしまう痛ましい事例もたくさんあった。
鬼に心を許すことが命取りになるからこそ、「人間のように見える」鬼への警戒心は持ち続けなくてはならない。それが「柱」として、正しい判断だった。
■ストレートに思いを伝えない伊黒
言葉足らずといえば冨岡義勇、優しい言葉をうまくかけられない不死川実弥、本心を隠してしまう胡蝶しのぶらは似たような特性がある。しかし、伊黒の場合はこれらとも少しちがう。
遊郭の戦いで、左目と左手を失った音柱・宇髄天元のもとに現れた伊黒は、「ずぬー」という謎の擬音と共に姿を見せるが、言葉とはうらはらに少しうれしそうですらあった。
「ふぅんそうか ふぅん 陸(=六)ね 一番下だ 上弦の 陸とはいえ 上弦を倒したわけだ 実にめでたいことだな 陸だがな」(伊黒小芭内/11巻・第97話「何度生まれ変わっても<後編>」)
伊黒は「左手と左目を失ってどうするつもりだ」と宇髄にネチネチとからみながらも、「復帰までどれだけかかる」とも問いかけており、宇髄に対する絶対的な信頼がわかる。「煉獄が抜けた空席」「上弦との戦い」「めでたい」というセリフから、おそらくこの現場に到着するまで、伊黒が宇髄の生死を心配していたことがうかがえる。極め付きはこの言葉だ。
「褒めてやってもいい」(伊黒小芭内/11巻・第97話「何度生まれ変わっても<後編>」)
上弦を倒したことへの称賛のように聞こえるが、これは宇髄が生き残ったことへの安堵(あんど)だ。無限列車の戦いで、煉獄の訃報を耳にした伊黒が、顔を見せずに「俺は 信じない」とだけ呟き、立ちつくした、あの時の後ろ姿が思い出される。遊郭に、おそらく伊黒は、駆けつけたのだ。