小学校・中学校の不登校児童生徒数は、2021年度で約24.5万人にとなり、前年度に比べ約5万人増となった。なぜこうも不登校児童が増え続けるのか。今、多くの子どもたちが「ウソくさい」学校に息づまる思いをしていると警鐘を鳴らすのが、教育改革実践家の藤原和博氏だ。藤原氏の新著『学校がウソくさい 新時代の教育改造ルール』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、同氏が考える教員の苦悩を紹介する。
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世の中がウソくさい。
とりわけ公の場がウソくさい。
コロナ禍以前から数年来、そんな疑念が積もり積もって考えた。
「学校がその病巣ではないか?」
なぜなら、学校とは社会の縮図であるからだ。人間同士のぶつかりげいこの場でもある。
その学校が、ウソくささの温床になっているのではないだろうか。
■教員はスーパーマンではない
最初に断っておくが、教員がウソをついていると言いたいわけではない。
保護者をはじめ、社会全体が圧力をかけてウソをつかせているのだ。
まず、現場も知らずに文部科学省を統括する政治家や、それに従う自治体の教育委員会のガバナンスが悪い。
環境省ができれば「環境教育」を、消費者庁ができれば「消費者教育」を、金融庁ができれば「金融教育」をというように、現場の実力を超えてレッテル付きの教育カリキュラムの雨を降らせ、教員の事務量を増やしてしまった。
例えば中学校。中学の社会科の先生は、社会科の授業の他に、教科を超えて国際理解教育も情報教育も食育も心の教育も尖閣諸島・北方領土のことも教えた上で、ときには自転車の窃盗事件で警察に捕まった生徒の身元引き受けにも駆けつけなければいけない。親に連絡がつかない場合、それは教員の生活指導の一環であるからだ。さらに、部活の指導や親から個別の相談もある。
小学校では、これに英語とプログラミングの指導が降りてきた。
こんなに多様な仕事をこなすスーパーマンはそうはいないから、真面目で一所懸命な教員ほど精神的なバランスを崩しがちだ。精神疾患などの病気による休職、離職が年々増えている。