「気になっちゃって… なんかその壺 形歪んでない? 左右対称に見えないよ 下っ手くそだなあ」
こうやって玉壺の「芸術作品」を無一郎があざ笑うと、玉壺の怒りが頂点に達した。
「それは貴様の目玉が腐っているからだろうがアアアア!!!」
(玉壺/14巻・第120話「悪口合戦」)
■周囲に対する無一郎の辛辣さ
無一郎のこれまでの様子を振り返ってみると、彼の「きつい言葉」には、細かな違いがあることが見えてくる。
竈門兄妹の処遇をめぐる「柱合会議」の際に無一郎が発言したのは、お館様の言葉をさえぎるなという、炭治郎への注意だけだった。日に日に悪化するお館様の体調への気づかいもあり、場の状況からしても「柱」らしい言葉だった。
刀鍛冶の小鉄少年への辛辣なセリフは、「柱の時間と君たちの時間は全く価値が違う」というものだった。これは、自分の稽古の時間が阻害されていると思ったがゆえの発言だった。
このように仲間たちへの「辛辣さ」は的を射たもので、基本的には他人に口を挟まない性格でもあり、鬼の玉壺に対する怒涛の「悪口」とは根本的に異なっていることがわかる。では、なぜ無一郎は玉壺に対してだけは、急に怒涛の悪口を言い始めたのだろうか。
■命を踏みにじる鬼に対する無一郎の怒り
いつも冷静で大人っぽい「霞柱・時透無一郎」とは違い、回想シーンに登場した、幼少期の無一郎は、明るく穏やかで、お人よしの少年だった。彼の性格が変わったのは、家族との別離が原因となっている。
無一郎は10歳の時に両親を相次いで亡くしているのだが、父母はそれぞれに家族のために尽くし、それが原因となって命を落としていた。無一郎の双子の兄・有一郎は、優しい両親とよく似た、お人よしの弟のことが心配でならない。大切な弟の無邪気で思いやりあふれる行動をなんとしても止めたいと、お前には何もできない、と厳しく言って聞かせようとした。
しかし、そんな兄も、鬼に襲われて死んでしまった。この時の悲惨な事件が原因で無一郎は記憶の一部に欠損があるが、それでも無一郎の「心」からは兄への愛情、父母との大切な思い出、理不尽な鬼への怒りは失われない。
「あの煮え滾る(にえたぎる)怒りを 思い出せ」(時透無一郎/14巻・第121話「異常事態」)
死ぬ間際の兄が発した、弟の身を案じる思いやりあふれる祈りの言葉と、血と涙にぬれたあの最期の顔が忘れられない。