「私自身、太極拳をはじめて十数年になりますが、やっているということも含めて太極拳の話はこれまで書いたことがない、自分の中でずっと温めていた題材でした」
「実は、この題材でずっと抱いていたのは、映画のイメージです。ベルリンの太極拳学校で静かに練習している人たちがいて。その人たちは、どちらかというと年配の女性たちで、別に誰にも気に留められることもないけれど、いつも熱心に練習している。そんな時、大きな犯罪組織が現れて、それに立ち向かった彼女たちが勝利する──映画はこういうアイデアだったのです。誰かに映画を作ってあげると言われたら、この話を出そうとずっと思っていたんですけど、誰も言ってくれなかったので、小説で書くことにしました(笑)」
■華があり魅力的
タイトルとなった「白鶴亮翅」とは、鶴が羽を広げるように右腕を力強く上げる太極拳の技の名称である。太極拳といえば、24の型で構成された二十四式太極拳が一般的だ。数多ある技の中から、「白鶴亮翅」に焦点を当てたのはなぜなのだろうか。
「太極拳は九十九式など驚くほど長い型があるんですね。二十四式はそういう長い型を簡略化したものです」
「太極拳には後ろから襲ってきた相手をはね返す動きがあります。『白鶴亮翅』の動きがまさにこれです。私自身、鶴が好きだったということもありますが、鶴が羽を広げるような動きは華があり、魅力的なんです。
昔からロシア文学が好きでよく読んでいました。『罪と罰』ではラスコーリニコフに金貸しの老婆が殺されてしまうのが、すごい悔しくて。しかも、その老婆は60歳ぐらいという設定というのも、なんだか嫌でした(笑)。その老婆が殺されずに、ラスコーリニコフを華麗に投げ飛ばすような話を書きたいなと思っていて。それが本作で白鶴亮翅に繋がるわけです」
(構成/編集部・三島恵美子)
※AERA 2023年6月26日号より抜粋