多和田葉子(たわだ・ようこ)/1960年、東京都生まれ。82年からドイツに在住し、日本語とドイツ語で作品を手がける。著書に『犬婿入り』(芥川賞)、『雪の練習生』(野間文芸賞)、『献灯使』(全米図書賞翻訳文学部門)など(撮影/写真映像部・上田泰世)
多和田葉子(たわだ・ようこ)/1960年、東京都生まれ。82年からドイツに在住し、日本語とドイツ語で作品を手がける。著書に『犬婿入り』(芥川賞)、『雪の練習生』(野間文芸賞)、『献灯使』(全米図書賞翻訳文学部門)など(撮影/写真映像部・上田泰世)
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 欧州でも著作が評価されている作家の多和田葉子さんが、はじめて臨んだ新聞連載小説『白鶴亮翅』が出版された。タイトルが生まれた秘密など、作品にまつわる様々な思いを聞いた。AERA 2023年6月26日号の記事を紹介する。

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 最新作『白鶴亮翅(はっかくりょうし)』(朝日新聞出版)は、多和田葉子さんにとってのいくつもの「はじめて」がつまった一冊となった。新聞連載小説というのも、そのひとつだ。

「はじめての新聞連載小説を書くにあたって私なりに考えたのは、『日常生活』でした。新聞連載小説って、毎日読むものだし、しかも読む場所は家の中ですよね。だから毎朝、同じ時間に新聞を開いて読むと、同じ人たちが出てくる、そんな小説にしたいと思ったのです」

 本作の舞台は、ドイツ・ベルリン。ひとつの都市だけを舞台に物語が展開していくというのも多和田さんの作品では「はじめて」のことと言えるかもしれない。

「私のほかの小説は、世界のあちこちを移動しますが、今回は、そういう大きな移動ではなく、自分の住んでいる場所で、近所の人がいて、週に一度は趣味の太極拳を習いに行く、そういう日常の繰り返しの中から物語が展開されていきます。そういう意味での移動のない物語を書いたのはこの作品がはじめてですね」

「執筆中に旅行に行くと考えていたこと自体は変わらなくても、同じ雰囲気を続けていくことが難しいものです。内容はメモしておけても、雰囲気というのは失われたらもうわからない。本作は、コロナという個室の中で書いていたため、その心配をすることはありませんでした。そういう意味ではコロナ禍は、貴重な3年間でした」

■温めてきた題材

 主人公の美砂は、隣人Mさんに誘われ、太極拳学校に通い出す。そこで出会った、ロシア人の富豪アリョーナやフィリピン人の英語教師ロザリンデといった異なる文化背景を持つ人々との交流を軸に、美砂が関心を寄せたプルーセン人の来し方から、第2次大戦前後のドイツと日本の歴史や民族といった問題なども語られていく──登場人物をつなぐこととなる「太極拳」について執筆するのも、実は今回が「はじめて」だという。

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