英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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今号から当コラムを担当する。この時期というのも何かの縁だと思う。私は1996年から英国在住だが、今年は当時を思い出すことが多いからだ。あれは、1979年から続いていた保守党政権の支持が落ち、翌年の総選挙で大勝した労働党が旋風を巻き起こしていた年だった。サッチャーからメージャーへと続いた保守党政権から、ブレアの労働党へと、政権交代が起きる前年に私は英国に来たのだ。
来年、英国では総選挙が行われる。そしてちょうどあの年のように、2010年から続いている保守党政権がじり貧の状況だ。5月に行われた地方選でも大幅に議席を減らした。嘘を重ねて保守党への信頼を失墜させたジョンソン元首相や、記録的な物価高の影響もあり、来年は政権交代かという見方が強い。
労働党は、ブレアが登場した時と違い、破竹の勢いというわけではない。ただ現政権が不人気なのだ。スナク首相は、G7で訪れた日本でお好み焼きや焼き鳥を食べ話題になったようだが、間違っても庶民派ではない。2023年度版の国内長者番付によると、妻と合わせた合計資産額は5億2900万ポンド(約920億円)。これでもスナク夫妻は、前年から資産を減らしている。1日あたり50万ポンド(約8700万円)を失った計算になる。人が一生働いても貯められないような金額を「1日あたり」で、である。
年間数百億円を失ってもビクともしない大富豪が、年収数百万円の庶民に緊縮財政の必要性を訴えるとき、人々はそこに生活の現実との乖離を感じる。英議会の超党派議員連盟の調査によれば、英国の人々の39%が最も影響力を持っているのは富豪だと答え、政府だと答えた人々(24%)を抜いたという。5年前の調査では逆の結果だった。
つまり、スナク首相は、「結局は大金持ちが政治も動かしている」という、人々がなんとなく感じている印象をズバリ形にしたような首相なのだ。ここまで極端な例はコミカルでもあるが、その滑稽さを相殺する有能さを彼はまだ発揮していない。
来年の今ごろ、労働党は14年ぶりに政権を奪還することになるのだろうか。地べたからその動きを報告していきたい。
ブレイディみかこ(Brady Mikako)/1965年福岡県生まれ。作家、コラムニスト。96年からイギリス・ブライトンに在住。著書に『子どもたちの階級闘争』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』『他者の靴を履く』『両手にトカレフ』『オンガクハ、セイジデアル』など
※AERA 2023年6月19日号