白神(しらかみ)山地最後の伝承マタギ、鈴木忠勝の生涯を、彼と10年余りにわたる付き合いのノンフィクション作家が綴る。明治生まれの鈴木は名実ともに村の最後の伝承マタギで、マタギ集団のリーダー「シカリ」でもあった。
 40年ほど前、まだ地元には白神山地という名称がなかったころ、高山的景観に乏しい、俗に言う「ヤブ山」の豊かな恩恵にあずかり暮らす人々がいた。「世界自然遺産」登録による観光化でにわかに出現した「マタギ」と違い、集落では、一子相伝の死送りの儀式を司る猟人(さつびと)のみがマタギとして認められる。クマ狩りの際の「四つグマのたたり」を始め、鈴木の語る山の伝承の数々に、里の生活とは異なる山詞(やまことば)を使い、呪法を用い、狩猟の際の女人禁制の戒律を厳しく守る生活の気配がのぞく。驚くのは自給自足をする鈴木の歩行距離だ。直線距離で60キロはある、山あり川ありの道を一日で踏破する。
「世界自然遺産」白神山地では法律で狩猟が禁じられた。集落も解体消滅し、マタギの実情を知る村人もほとんどいなくなった。呪術的な信仰世界の貴重な記録だ。

週刊朝日 2014年12月19日号

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