前出の猿渡さんも作品賞の受賞には驚いたと話す。
「元来、アカデミー賞はSFに冷たいんです。コメディー作品と戦争もの以外のアクション映画にも厳しい。20年の『パラサイト 半地下の家族』の受賞は歴史的な転換点でしたが、今回『エブエブ』の受賞でアカデミー賞は完全に新たな時代に入ったと思います」
そもそも今年の作品賞ノミネート10作はバラエティーに富んでいた。戦争映画の金字塔を原作国であるドイツが新たに描いた「西部戦線異状なし」や、スティーブン・スピルバーグ監督の自伝的作品「フェイブルマンズ」のような王道路線があるかと思えば、トム・クルーズ主演で日本でも大ヒットした「トップガン マーヴェリック」やジェームズ・キャメロン監督の「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」という超娯楽作もある。
■カムバック劇に涙
大きな理由は映画芸術科学アカデミーの変化だ。15、16年に会員が白人ばかり、候補者も白人ばかりな状況を批判する「#OscarsSoWhite(白すぎるオスカー)」抗議が勃発。それを受けてアカデミーは女性や非白人会員、外国籍の会員などにより門戸を開き、会員を約3千人増やした。結果、多様な作品がセレクトされた可能性が高い。渡辺さんは言う。
「コロナ禍で配信へのシフトが加速し、映画界には停滞感がある。斬新でパワーのある『エブエブ』に業界の空気を押し破ってほしい!という思いもあるんじゃないかな。『トップガン』や『アバター』は映画館で観てこそ意味がある作品。劇場に観客を呼び戻した功績も評価されたのだと思います」
「エブエブ」受賞者たちが自身の人生を背景に語ったスピーチも感動的だった。助演男優賞を受賞したキー・ホイ・クァンは「僕の旅はボートから始まった」と声を詰まらせた。ベトナム難民としてアメリカに渡り「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」の子役を務めたクァンは早くにアジア系の役が限られていることを悟り、長年スタッフや通訳など裏方の仕事に徹してきた。本作で奇跡的なカムバックを果たしたのだ。壇上で作品賞のプレゼンター、ハリソン・フォードと抱き合う姿を、客席からスピルバーグ監督が見つめるシーンはSNSで多く拡散された。