デビュー前の小泉今日子がヤンキーだったことは、かなり早い時期に当人がカミングアウトしています。「Days Japan」1989年2月号の、よしもとばななとの対談で、
「デビューしてからでも、お正月に実家に帰ったりすると、男の子が免許とっててドライブに誘ってくれるのね。道路のわきに暴走族が、チャリンコで来た中学生のツッパリから、竹やりつけた(笑)大人の車までズラーッと並んでて、中学生なんかだと自分がカッコいいと思う車が通ると「イェイッ」とか言ったりしてる。そこへ私も、シャコが低い車に乗せてもらって、よく行ったりした(笑)」
と語っていたりとか。『パンダのanan』や『原宿百景』といった小泉今日子の著作にも、ヤンキー時代の思い出がさらりと書かれています。
そういえば、
「若者のメンタリティが、全般的にヤンキー化している」
そう指摘する声が、最近、しばしば耳に入ってきます(注5)。
今の20代は、中学時代の仲間との「地元つながり」を、大人になってもいちばん大事にするのだそうです。地方の青年は上京せず、生まれ育った街で就職する。町田や松戸のような、東京の通勤圏にある郊外都市の若者も、都心ではなく地元で余暇を過ごす。お金も、ブランド物の服飾品やスポーツカーなど、見せつけてイバるためのアイテムにはつぎこまず、ボックス型のワゴン車など、仲間と遊ぶときに使えるものに使う。
若者の雇用が不安定になり、「地元つながり」で相互に助けあう意識が強まったことが、こうした「ヤンキー化」の背景にあると言われています。
バブルの頃の若者が、仲間から抜きん出て「特別の存在」になることを目指していたのに対し、現代の若者は、仲間とつながることを求めている―― こう書くと、今の若者は精神的にハッピーであるように映りますが、彼らも彼らなりに大変です。つながりをキープしておくために、ラインやSNSでのやりとりにつねに気を配らなければなりません。「仲間がいないこと」を周囲に知られるのは大きな屈辱なので、一緒にランチを食べる友だちを見つけられない場合、こっそりトイレの個室で弁当を食べたりする学生もいます。
小泉今日子は、共演者と飲みに行くなど、仲間とのコミュニケーションは大切にしている様子です。かといって、それに振りまわされている印象はありません。現在の小泉今日子のライフスタイルは、ヤンキー的な「仲間とのつながりが最優先」という価値観だけでは説明しつくせないのです。
たとえば、彼女の著書を見ても、「極度の出不精」と自分を評し(『小泉今日子実行委員会』)、
「家で静かに過ごす時間っていうのもとっても大切で、寝っ転がってテレビを観たり、本を読んだり、お料理をしたり、お掃除をしたり、小雨と遊んだり、昼寝をしたり、長風呂したり、そういう時間が充実するとやっぱり幸せ」(『小泉今日子の半径100m』)
とも述べています(「小雨」というのは、小泉今日子宅に住んでいる猫の名前です)。
小泉今日子は、「自分一人の時間」を非常に大事にしていることがうかがえます。こうした価値観は、「仲間とのつながりが最優先」という方向性からは生まれてきません。
■私たちにも「変化すること」はできる
このように見ていくと、小泉今日子が現在のステイタスを築きあげた秘密には、簡単にたどりつけないことがわかります。
前に触れたとおり、松田聖子は、デビュー当初から突出した歌唱力を持っていました。まさに「早熟の天才」で、一般人は、彼女に学ぼうにも学びようがありません。
小泉今日子は、芸能界入りしたばかりの頃は、歌も演技も、アイドルとしてはまあまあというレベルでした。現在のような「かけがえのない表現者」になったのは、何回もの「脱皮」を経た後です。
「そこそこのアイドル」から「代役の見つからないパフォーマー」へ――年齢とともに自分の格付けをアップさせていった小泉今日子の生きかたは、一般人にも参考になると思います。変化していくことなら、私たちにも可能かもしれないからです。
次回から、小泉今日子の「変化する力」の秘密に、さまざまな角度から迫っていきます。彼女のように素晴らしい人物を分析する資格が私にあるのか、自信はありませんが、全力で書いて行くつもりです。どうかよろしくおつきあいのほど、お願い申しあげます。
※助川幸逸郎氏の連載「小泉今日子になる方法」をまとめた『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新書)が発売されました
(注1) 「私の好きなようにさせて」小泉今日子の男前っぷりと酒豪伝説 「メンズサイゾー」2013.7.31
(注2) 独占インタビュー90分 小泉今日子 わがアイドル時代、そして『あまちゃん』のことを語る 「週刊現代」2013.9.21~28
(注3) (注1)に同じ
(注4) 小泉今日子ロングインタビュー 目指すのは中年の星! 「AERA」2008.9.22
(注5) 原田曜平『ヤンキー経済 消費社会の主役・新保守層の正体』(幻冬舎)
斎藤環『ヤンキー化する日本』(角川oneテーマ21)
阿部真大『地方にこもる若者たち』(朝日新聞出版)
速水健朗『ケータイ小説的。 “再ヤンキー化”時代の少女たち』(原書房)