映画「零落」で創作の苦しみにもがく漫画家を演じた斎藤工と、彼の心の拠り所となる風俗嬢を演じた趣里。クリエーターとして生きる二人にも「零落」のときはあるのだろうか。AERA 2023年3月20日号の記事を紹介する。
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――「零落」は「落ちぶれる」という意味だ。漫画の仕事に行き詰まり、自堕落な日々を過ごしている深澤(斎藤工)は、あるとき「猫のような目をした」風俗嬢のちふゆ(趣里)に出会う。浅野いにおの同名コミックを竹中直人監督が映画化した。
趣里:原作を読んだとき「もしかしたらちふゆって、現実には存在しないのかも?」と思ったんです。主人公の拠り所であり、猫みたいで、現実離れしていて浮遊感を感じさせる女の子。それが美しくもあり儚くもある。そんな印象を変えずに生身のキャラクターとして演じられればいいなと思ったんですが……。
斎藤:原作ファンとして「趣里さん=ちふゆ役は天才的すぎる! これは勝った!」と思っていましたが、実際、本当にちふゆでした。
趣里:ほんとですか? 良かった!
斎藤:いっぽうで僕はこの作品になにか「自分自身の苦いものが映ってしまっている」という気がして複雑な気持ちなんです。観てほしいけど、観てほしくない、みたいな(笑)。
趣里:深澤のような役は心身ともに削られるし、大変な作業だったと思います。
斎藤:漫画家が自己顕示欲や業に苦しむように、やっぱり僕にも俳優として少なからず自己顕示欲があるし、普段は外に見えない、オンオフのオフの部分を作品に出した感覚があるんですよね。でもそんななかで趣里さんの存在はそのまま「ちふゆ」だったというか。繊細でデリケートなシーンも多くて本来なら気を使われる側なのに、まるで太陽のように現場を照らしてくれていて助けられました。
■人の「腸」に興味がある
――共通の知人はいたものの、共演は初めてという二人。特に斎藤さんはかなりの“趣里ファン”だったと明かす。
斎藤:僕は映画「おとぎ話みたい」(2014年)からの大ファンで、お芝居も観させていただいていて、芯があるというか、「なんて地肩(じかた)が強いんだ!」って同じ表現者として感心しちゃうんですよね。菅田(将暉)さんとも「趣里さんはすごい」という話をしていたんですよ。