これまでもさんざっぱらパロディにされてきた『吾輩は猫である』。その最新版にして、ふざけっぷりは歴代随一かも、と思わせるのが横山悠太『吾輩ハ猫ニナル』である。
語り手の「自分」こと「駿(カケル)」は日本人の父と中国人の母の間に生まれた青年。5歳までは父のいる日本で、その後は母とともに上海で育ったが、蘇州の科技学院に入学した今はひとり暮らしを満喫中だ。その彼が母の命で東京に行くハメになり、ひょんなことから秋葉原の女僕珈琲店(メイドカフェ)に入ってしまい……というのが一応の筋書きである。なんだけど、本書のミソは中国語式の漢字表記と日本語風のルビを駆使した特異な文体である。
<雷帝(レディー)・ガガの粉絲(ファン)>である友人は<ガガがしていたという奇抜な米老鼠型(ミッキーマウスモデル)の太陽鏡(サングラス)を模倣して工作したものを戴(か)けて>みせるし、男子学生の間では<邁克尓・傑克遜(マイケル・ジャクソン)の月球漫歩(ムーンウォーク)>が流行るし、<銀狐犬(スピッツ)という日本の楽隊(バンド)の「魯濱遜(ロビンソン)」という歌曲(うた)>も登場するし、かと思えば<優衣庫(ユニクロ)だって日本の企業だったはずだ>とか<相機(カメラ)であれば尼康(ニコン)も索尼(ソニー)も佳能(キヤノン)も奥林巴斯(オリンパス)も一見日本の企業らしくない名前だが>なんて話まであって、日本語PCユーザー泣かせの単語(漢字)がもう満載。
<それにしても、日語という語言(げんご)は実に怪体(けったい)である>。3種類も文字があるうえ<可憎(にっくき)はあの片假名である>。日本語学習中のそんな中国人のために日本人留学生が書いた、という設定の小説。アイディア勝負の一発ギャグみたいなもの?
もっとも騒々しい表面塗装をはがしてみれば、中から現れるのは意外に素朴な青春小説の顔である。なじみの三毛猫に「先生」というあだ名をつけて崇拝するカケル君。近ごろ険悪な日中関係の架け橋は無理でも相互理解の一助にはなるかも。作者は北京に留学中の新人。この作品で群像新人文学賞を受賞した。「猫ニナル」ってそういうことかい、という末尾に横転(コケ)つつも、ま、怪体な才能の出現であるのはまちがいない。
※週刊朝日 2014年9月19日号
