1977年4月、福井県の暴力団組長が白昼に喫茶店で射殺された。殺された組長はその1カ月半前に東映が公開した実録やくざ映画「北陸代理戦争」の主人公のモデルとなった人物。殺人現場となった喫茶店は、映画内で主人公が襲撃された場所だった。本書では二人の男の足跡を辿ることで、映画が、進行中の抗争に影響を与えた前代未聞の事件の内実を明らかにする。
モデルになった組長の川内弘は巨大組織の山口組に挑み、東大卒の脚本家の高田宏治は実録映画の金字塔「仁義なき戦い」を超えることに執念を燃やした。文字通りの「実録」にこだわった2人の映画は前例の無い試みだったが、皮肉にも事件により実録やくざ映画ブームを一気に終焉に向かわせる。
「奈落に堕ちる覚悟でつくらなければ、観客はついて来えへん」。こう言い放った高田は、その後、「極道の妻たち」を手がけ稀代の脚本家になる。奈落を覗いた者の宿命か、近年は数々のトラブルに見舞われるが悲壮感はない。奈落の底を恐れずつくられた映画を分析した本書が面白くないわけがない。
※週刊朝日 2014年9月5日号