


プログレッシブ・ロック・バンドの「イエス」とはあまり関係のない、ジョン・レノンの話から始める。
ジョンが初めてヨーコとあったときのエピソードをご存じだろうか?
1966年11月9日のことである。
このエピソードは、『ザ・ビートルズ・アンソロジー』のDVDの中にジョンの発言が収録されているので、ごらんになった方もいるだろう。
ジョンは、画廊で開いていたヨーコの個展に訪れた。そこには白い脚立があり、天井からは虫眼鏡がつるしてあった。虫眼鏡で天井を見ると「yes」と書いてあった。
ジョンは、もし「no」とか不快な言葉が書いてあったら、ぼくは画廊を出ただろうと語っている。肯定的なメッセージだったから、温かい気持ちになって、ヨーコと出会ったというのだ。
このエピソードを最初に書いたのは、この「イエス」というロック・バンドの名前には、そもそも肯定的な力強さが備わっているということを伝えたかったからだ。
さて、このイエスとわたしの出会いからはじめよう。
イエスにとっては4枚目にあたる1971年に発表された『こわれもの』を、その次の年、高校1年生のわたしは日本盤で買った。
まず何より、そのジャケットがかっこよかった。
星の王子様が住んでいるような星に向かって、帆船のような飛行船が飛んでいくイラスト、その上には、タイトルの『FRAGILE』とバンド名のYESのロゴが描かれていた。
見開きのジャケットを開くと、中には厚手の紙に印刷された冊子が入っていて、ジャケットと同じイラストレーターが書いたイラストが何枚かと、メンバーの写真がレイアウトされていた。
このジャケットのイラストを描いたのは、今ではロック好きで知らない人はいないロジャー・ディーンだ。
わたしはこの厚手のジャケットや冊子を開きながら、このレコードを聴くのが好きだった。
特に、A面1曲目の《ラウンドアバウト》は、繰り返し聴いたものだ。こんな音楽は、それまで聴いたことがなかった。そのめまぐるしく変化する音の洪水に圧倒されたのだ。
加えて、リック・ウェイクマンが多重録音した2曲目の《キャンズ・アンド・ブラームス》は、一人でこんな録音ができることに驚かされたし、ワルター・カーロスの『スウィッチト・オン・バッハ』を聴くきっかけとなった。ちなみに、この『スウィッチト・オン・バッハ』は、まだ発売されたばかりだったシンセサイザーを幾重にも重ねて録音する多重録音という手法で作られたバッハ曲集だ。ワルター・カーロスは、映画『時計じかけのオレンジ』で、電子音楽作曲・編曲・演奏を担当している。また、その後、女性への性転換をし、ウェンディ・カーロスと名前を変えている。 それから、8曲目の《ムード・フォア・デイ》で、ギタリストのスティーブ・ハウが演奏するスパニッシュ・ギターが、このロック・アルバムの中で、違和感なく入っているのにも感心したものだ。
1971年には、ロックの名盤が多数発表された。71年発表の気になるアルバムを列挙してみよう。
思いつくままにあげてみよう。誰もが知っている『イマジン』ジョン・レノン、《ブラウン・シュガー》ではじまるアンディー・ウォーホルがデザインしたGパンのチャック付きジャケットの『スティッキー・フィンガーズ』ローリング・ストーンズ、遺作となった『パール』ジャニス・ジョプリン、《ユー・ガッタ・フレンド》が入っていて、今でも売れ続けている『つづれおり』キャロル・キング、《天国への階段》《ロックンロール》が入った彼らの最高傑作『レッド・ツェッペリンⅣ』などなど。プログレッシブ・ロックに限っても、架空の怪物の戦いを描いた『タルカス』、ムソグルスキーの原曲を大胆にアレンジした『展覧会の絵』のエマーソン・レイ&パーマー、《エコーズ》と《吹けよ風、呼べよ嵐》の『おせっかい』ピンク・フロイド、個人的に最も好きなアルバム『アイランズ』キング・クリムゾン。これでは、お金がいくらあっても足りない。現実的に、友達の買っていないレコード、FMで放送されなかったレコードを買うことになる。
そんなこともあって、72年に発表されたイエスの『危機』を聴いたのは、東京に出て来てから数年後のことだ。名盤がたくさん発表されているので、できれば、まだ聴いたことのないアーティストのアルバムからという選択になった。今のようにネットで聴くことなどできなかったので、新しい音楽を聴くためには、ラジオと友達だけが頼りだったのだ。
エマーソン・レイ&パーマーの『展覧会の絵』は、FM放送で、アルバム1枚すべてを放送したものをカセットに録音し、風呂に入りながら、大音響でかけていたのを思いだす。
今では『こわれもの』は、DVDーオーディオとスーパー・オーディオCDで発売されており、マルチ・サラウンドで聴くことも可能だ。『危機』は、スーパー・オーディオCDが2チャンネル・ステレオだけでで発売されていたが、最近、マルチ・サラウン音源入りのブルー・レイも発売された。マルチ・チャンネルの再生環境のある方にはオススメである。
このコーナーの第7回「ロボットの次は、3Dですか、クラフトワークさん!?」で紹介したクラフトワークのライヴも、日替わりで1枚のアルバムを全曲演奏するという企画だったし、第63回「井上陽水 40年前の『氷の世界』は、今でも傑作だ!」で紹介したライヴは、アルバム『氷の世界』を再現する企画だった。今回のイエスのライヴは、『こわれもの』『危機』の2枚をアルバム通りに完全演奏するという。加えて、ヒット曲と新作の発表もあるという。
『こわれもの』『危機』の2作とも、多重録音で制作され、かつ複雑な演奏技術を屈指しなければならない音楽だ。テクノロジーが発達したとはいえ、容易なことではないだろう。
メンバーも、ボーカルとキーボードとドラムスが、アルバム発表当時とは異なるが、イエスというバンドは、様々なメンバー・チェンジを繰り返しながら、ずっと現役で通して来たバンドなので、このバンドの「今」を楽しむことが、正しいつきあい方だと思う。[次回8/13(水)更新予定]
■公演情報はこちら
http://www.udo.jp/Artists/Yes/