南九州の遅島を舞台に繰り広げられるこの小説は、「かつて在り、今はない」ものを優しくもしたたかに描いた探索の物語だ。
 人文地理学者の秋野は、古代、修験道のため開かれたこの島を調査する。時はあと数年で昭和10年になろうとしている。明治初年までこの地にあった寺院は、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れた頃、無惨にも取り壊され、死者の伝言を生者に伝える人であるモノミミもその頃島から消えてしまった。自らも愛する者を次々と亡くしている秋野は、自分と同じように過去を喪失しているこの島に共感を覚える。そんな中、偶然手に入れた地図に書かれた「海うそ」という言葉に惹かれ、彼は探査を続ける。
 それから50年後に再び遅島を訪れた秋野は、開発が進んでゴルフ場までができてしまう島の変貌ぶりに胸を痛める。しかし、かつて見た「海うそ」だけは昔のままにあった。秋野は、その「変わらなさ」に感激する。そして、彼の心には大きな変化が訪れる。
 本書は時の流れによる喪失だけでなく、時が過ぎても変わらないものがあるのだということを改めて実感させてくれる。

週刊朝日 2014年7月11日号

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