巨泉。世間では嫌ってる人のほうが多いような気がするが、そうでもないか。これは大橋巨泉の自伝である。自伝以外の運やギャンブルのことも書いてあるけれど、それもふくめて巨泉の自伝といっていい。なぜなら巨泉は、自分の思った正しいことを、大きな声で世間に主張する。自分がそのような人間になれたのは、周りの人びとによる素晴らしい影響があったからであり、そのことを感謝しよう、という理由でこれを書いていると思われるからだ。
態度やルックスがエラそうな巨泉さんだが、その発言をこの本で読めば、ごくふつうというか、真っ当である。巨泉さんでも、自分の信じることを、生い立ちから説き起こして語っておきたい、と思ったんだろうなあ。さすがの巨泉も年取ったのだなと思わされる。
読んでると「ああ、いいお父さんとお母さんに育てられて、自分の好きなものに熱中して、ツキをうまいことつかんで大きくなったのねえ」とうらやましい気持ちでいっぱいである。巨泉さんは両国のカメラ屋の生まれだそうで、もうこの時点で選ばれた人感にあふれている、などと言うと巨泉さんは「何をいうかこっちは庶民だ」と言うかもしれない。けれど昭和初期、東京の下町の古い家に生まれて育つってのは「生まれてすぐ、浴びるように文化を享受」ということですよ。
そして父母に対する尊敬と愛情ね。「やりたいことがあれば、自分の力で、つまり自分の金でやれ」「兄弟だ、親戚だって、甘ったれるんじゃねえ」「口で言ってわからない奴は、殴ってもわからない」などと言うお父さんは、生き方や考え方がかっこいい。戦争中も集団疎開ではなく、戦況を読んだうえで自主的に疎開している。親のことなんか思い出したくない、という人にくらべてすごく恵まれている。
まあ、その環境が巨泉のリベラルな考え方を築いたんだと思って目をつぶりたい。ガマンできないのは巨泉が巨人ファンなことだけです。
※週刊朝日 2014年7月4日号