初の海外一人旅でニューヨークを訪れた、自意識過剰な青年の葛藤を描く。
 主人公の葉太は29歳。観光客と思われないようガイドブックを丸暗記するなど、周りの目が気になって仕方がない。財布やパスポートを含む「ほとんどすべて」が入ったバッグを盗まれても、滞在初日で盗難にあった間抜けな奴と笑われることを恐れ、警察や領事館にも行けない。しかし、ほぼ無一文で生活する中、自意識過剰のもととなった幼少期の出来事や、理想の自己を演じ続けた父に対する嫌悪の感情と向き合うことで、自意識でがんじがらめの葉太に変化が訪れる。
 著者は2013年、『ふくわらい』で第1回河合隼雄物語賞を受賞。本書では、これまでの作品にはないメッセージが込められている。自意識過剰で、「ありのまま」でいられない自己の存在を認め、受け入れることで、初めて自分が「きちんと自分になれる」ことを説く。物語を読み進めるうちに、読者は葉太の自意識過剰を笑えなくなる。葉太とともに苦しみ、葉太とともに「きちんと自分になれる」小説だ。

週刊朝日 2014年4月11日号

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