
2006年5月に発表された『リヴィング・ウィズ・ウォー』は、ニール・ヤングがこれまで送り出してきたアルバムのなかで、もっとも直接的、かつ具体的な形で世界の動きに言及した作品といっていいだろう。ターゲットはいうまでもなく、イラク戦争を主導するブッシュ政権。そして、さまざまな利権を求めてそこに群がる人々。1970年の春、オハイオ州立ケント大学で州兵の発砲を受けて4人の学生が亡くなった事件に衝き動かされてCSNY名義で緊急発表した《オハイオ》同様、反応も速かった。
9.11の衝撃があまりも大きかったため(ニール自身も、UA93便の乗客たちがハイジャッカーたちに立ち向かおうとしたときのかけ声だといわれる「レッツ・ロール」をタイトルにした曲を歌っている)、アフガニスタンやイラクへの侵攻に反対する声は、アートの世界でも押さえ込まれる傾向が強かった。3人組女性カントリー・グループ、ディキシー・チックスが強烈なバッシングを受けた事件を憶えている方も多いだろう。
若いアーティストからなかなかそういう声があがらないことに失望していたというニールは、負傷者たちをとらえた報道写真を目にした日、ならば自分がと立ち上がった。そして、第一次ブッシュ政権に向けた《ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド》と同じように、ニコ・ボラスとの共同プロデュースで、バックはチャド・クロムウェルとリック・ロサスという態勢でスタジオに入り、曲を書き上げながら、数日間でアルバムを仕上げたのだった。
完成から発表までの時間も、わずか1ヶ月。梱包用の紙に吹き付け文字で名前とタイトルを記したジャケットが、そのスピード感を物語っている。
『リヴィング・ウィズ・ウォー』には、兵士や市民の視点で、彼らの声を代弁する形で書かれた曲が目立つ。また、「宗教観をうまく利用して再選された大統領を弾劾しよう」と歌う《レッツ・インピーチ・ザ・プレジデント》、「オバマはまだ若いかもしれない。過ちを認めたパウエルもいる」と歌う《ルッキン・フォー・ア・リーダー》など、どの曲も、じつにリアルだ。ローズマリー・バトラーを中心にした100人編成のクワイアも「市民の声」として参加し、そのメッセージをさらに強めている。[次回2/24更新予定]