沖縄県読谷村・残波岬公園の『残波の大獅子』と
沖縄県読谷村・残波岬公園の『残波の大獅子』と
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沖縄県うるま市・海中道路脇の干潮した海岸にて
沖縄県うるま市・海中道路脇の干潮した海岸にて
『彫刻家金城実の世界―豊里友行写真録』
『彫刻家金城実の世界―豊里友行写真録』

 皆様こんにちは、矢野沙織です。

 寒さも本番といった季節ですが、お変わりなく過ごされていますでしょうか。

 私はというと、もうしばらく沖縄に住んでおりまして、その気候たるや、年末年始はやや冷えたものの、近頃の日中はまだ2月であることをすっかり忘れさせる陽気です。
 沖縄と聞けば、いらしたことのない方でも、煽りのシーサーのバックにはどーんと広がる空に入道雲。傍らにはトロピカルな花々が咲き乱れ蝶が飛び交い、紺碧の海に白い砂浜…等々の沖縄が持つ特性大プッシュの景色を想像するのは容易いことかと思います。
 現実に那覇からでも車を1時間と少し走らせて少し道を入ると、うわっと広がるサトウキビ畑と古いけれど味わい深く大切に手入れしてこられたのであろう赤瓦のお宅が並び、夏ともなれば、本土とは加減の違う太陽が真っ白にそれらを照りつけた時のコントラスト。これは筆舌に尽くし難いものがあります。

 ですが、問題は
「花々が咲き乱れ『蝶が飛び交い』…」の部分。
 そう、私はちょっと常軌を逸する虫嫌いなんです。しかも蝶が1番嫌い。
 表参道を1人でへらへら歩いていたって蝶があの感じでビャビャっと横切れば短めの奇声を発する始末なので、沖縄なんかもう…お察し下さい状態なんですよ。

 いつか多分まだ10代の頃に、何かの撮影でスタイリストさんが持って来て下さった、忘れもしない…
 シャカシャカしすぎないオフホワイトの綺麗なシフォン生地に赤や青のビビッドな色で蝶がプリントしてある素敵なワンピース。
 物心ついた頃から蝶が嫌いなので、蝶モチーフのものを自分で選んだ試しがなかったので予期できなかったのですが、特に意識せずにそのワンピースに袖を通してメイクなどしてもらってなんだかんだとしているうちに、なんだか胸底からギイイとした気持ちが湧き上がってきて、いざ撮影、とライティングなどしてもらっているうちにもうギイイイイ! みたいな感じになってきてしまい、土壇場で衣装を替えて頂いたという申し訳ない話がありました。
 それくらい嫌いなんです。

 ですが、いくら暖かく優しい気候の沖縄の冬でも蝶はいないんです。
 いや、正確に言うと車から2匹くらい見たのと、うちから見える下の方の茂みらへんに1匹いたのと、その辺の看板に蛹の抜け殻があったので、冬であろうと確実に孵化していることは確かなのですが、まだ、うん。まだ大丈夫。
 精神衛生を保つ為に、沖縄の蝶の孵化時期とか生態とか、なんかの周期とかを調べたいのですが、そういうサイトとか本は良かれと思って私の限界値まで寄りで撮った各種の蝶をフルカラーで載せている恐れがあるのでイマイチ踏み出せずにいます。

 ちなみに、つい先日聞いた話で、沖縄ではよく見るやつなんですが、おっきめのモンシロ蝶になんかチョコレートをピロピロっとしたような模様の、ゴマナントカカントカ蝶みたいな名前の蝶をホテルがガンガン飼っていて、結婚式のオプションでブワッー!とやる、と。
 まさか1回ブワッーっとしたやつを回収なんかしますまい。
 蝶が好きな方のほうが多い中、私がマイノリティであることはわかっていますが、それを聞いて卒倒しかけ、せめて、せめて、花嫁さんにバレない程度に一生懸命回収して欲しい、と思ってしまいました。

 でもまだ冬だから大丈夫、大丈夫。
 そんな虫嫌いな理由もあり、元からの引きこもり癖を何年かこじらせていたのですが、今年明けてから試しに散歩がてらウォーキングを…と思って外に出てみたら、那覇市内は都会なのですが、やはり空の大きさから雲の様子や夕陽がきれいで、なんとも気持ち良く、最近は少しジョギングをするまでになりました。
 自分がジョギングして気持ち良いなんて感じるとは思いもしなかったので、頭の中ではもう私はほとんど道端ジェシカなんではないか、などと思う始末です。
 ジョギング程度で脳内だけでもジェシカさんになれれば得したものです。

 それから、沖縄へ来たばかりの時に伺った彫刻家・金城実アトリエ。あれもすごかった。
 金城さんは、残波岬を望む沖縄一大きな『残波大獅子』の作者。7メートルもあります。
 そんな大層なものの作者のアトリエか…と、友人と主人の3人で車を走らせ進むと、金城さんのお宅の広い庭に作品がぼんぼんと並んでいました。そう、ぼんぼんと。
 作品は、金城さんの見たであろう戦時中の恐ろしく悲しい景色を、決して繰り返すまじとする怒りとも取れる力強さで作り上げられたものばかりでした。

 思わず無言で見入っていると、おうっ、と金城さんが帰って来られました。いやいや、なんとご本人…と、タジタジにつまらない挨拶をしてしまったりしていると、金城さんは作品にホースで水をかけだし、思わず「何をやってるんですか?」と聞くと、「海水をかけているんだ」と。
 素材はまちまちだったように記憶していますが、素人でも彫刻に海水をかけたら傷んでしまう…? と思っていると、「毎日海水をぶっかけて生き残ったものだけ認めようかな、と思う」というような事をおっしゃっていました。

 わくわくはありこそすれ、いきなりの金城さんの存在感にポカンとしていると、お宅に招き入れて下さり、「自分の小便で育てた」と、その辺でむしってきたと言うなんかの草と、よもぎの葉の上にサバ缶をダバダバと開けて、泡盛と共に「ほれ、食え食え」と振舞って下さいました。

 沖縄に来た頃は、(スピリチュアルなんたらみたいな事はよくわからないのですが、)少なからず土地のパワーからなのか、なぜだか目眩がちで変に神経質になっていて、記憶にもやがかかっていることが多いのですが、その時はお腹がぺこぺこで割とたくさん草とサバ缶を頂いたのを覚えています。妙においしかったことも。

 金城さんは、子どもの頃体が小さく、チビ天の実と呼ばれていたこと。お母様がたいへんに教育に熱心で昔は怖かったこと。島の先生が若くきれいで照れたこと。それから自分が英語教師になったこと。30を過ぎてから彫刻家を目指したこと。
 今でもオバマ大統領に宛てた手紙を出していること。
 たくさんのことを話して下さいました。

 金城さんは東京者の私にも易しく、偏りのないお話しの仕方をされていましたが、お聞きしたお話しの政治背景に関して、現状の沖縄と琉球と、それから戦争と。私には心底理解できる事は何もありませんでした。ですが、自分の生きてきた時間と、金城さんの歩んで来られた時間とは、こうして直接お話を聞けて同じ時間を共有し、同じ時代を今生きられているわけだから、そう何百年と昔の話しではないのに、遥か遠く、ましてや自分が今踏んでいる土地で起きた歴史だとは信じがたいことでした。また、自分が見たこともない全ての事について、ああだこうだ非難することの愚かさを知ることとなりました。

 残波岬の大獅子は、何より大きな勇気でもって皆の笑顔だけを望むような金城さんの思いのたけで、シーサーらしからぬちっとも怖くない顔の理由がわかった気がしました。
 それから印象的だったのは、連れ立って金城さんの所へ伺った友人は、東京のバーテンダーで、ハーレーなど乗り、顔立ちは多少疲れたルパン三世の五右衛門に似ている男性なのですが、金城さんはおもむろに彼を「お前は痩せたみたいなやつだ。」と比喩されました。おおっ、と頭上に感嘆符が出るくらに、なんというか、彼の、洒落ているんだけど、こう、ちょっとあきらめ寄りのやさぐれた感じと、ゆるいけども刹那っぽい雰囲気が正に「痩せた猫」みたいで言い得て妙でした。

 私の知っているのはほんの少しのことですが、次回も沖縄についてお話ししようと思います。
 では、また次回。[次回更新3月3日(月)予定]

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矢野沙織 Live Schedule

02.06(木) 銀座SWING
02.08(土) 西新井カフェクレール
02.11(火) 名古屋STAR★EYES
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02.13(木) 大阪 ミスターケリーズ
02.14(金) 広島 Live Juke 19
02.15(土) 島根 邑悠ふるさと会館マルチホール
03.26(水) 目黒 ブルースアレイジャパン

詳細はオフィシャルHPより
http://www.yanosaori.com/
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