死ぬのが怖い……死生観などには興味がないという人でも、一度ぐらいは自分の死を想像して恐怖を感じたことがあるだろう。私などは小学生の頃、祖母の死をきっかけに初めて恐怖を覚え、怯(おび)えるうちに二晩つづけて寝小便をしてしまった。それ以降は、死はいつも頭の中にある命題となった。
 前野隆司『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』は、そんな死の恐怖について全面的に論考を試み、恐怖がなくなる方法にまで言及している。その特徴は、哲学から進化生物学、脳科学、認知心理学、医学、幸福学といった学問分野を横断しつつ主観と客観の両面からアプローチした点にあるだろう。客観的な学問的知見を提示しながら主観的な体験の根拠を解析してみせるため、前野は何度となく思考実験を読者に要求する。読者はその指示に従って仮想し、考え、システムとしての死生学を学んでいく。そして、「死ぬのは怖くない」という結論と向きあうことになる。
 そもそも生は幻想で、死を恐れることはフォーカシング・イリュージョン(焦点の幻想)だと前野は言う。寂しさも、悲しさも、死後の永遠の時間も、永遠の愛も、幻想。すべては人間が作りだしたものでしかなく、人間の、つまり〈あなたのいないところに、あなたのための時空の概念はない〉のだから、〈あなたという主観から見たときに、死後の世界などという概念はない。本来は、ない。想像はできても、想像していること自体が誤謬(ごびゅう)なのだ〉と前野は断言する。
 死についてもう40年ぐらい考え、関連書を読みあさり、哲学者や僧侶とも対話してきた私は、前野の主張にすんなり同意した。私の主観から見たとき、私の死などないのだ。
 異論もあるだろう。しかし、たとえそうであっても、まだ頭がしっかりしているうちに死について考えることは、実際に死が近づいたときに取り乱さずに死んでいける生き方につながる。この本は、そのためのいいテキストである。

週刊朝日 2013年12月20日号