都内の派遣社員の女性(46)は誕生月に送られてくる「ねんきん定期便」で年金記録を見たのをきっかけに、夫の扶養の枠から外れて働く決心をしたという。「130万円の壁」を超えて厚生年金の被保険者として働く期間が長いほど、将来の年金額を増やせると気付いたからだ。

「もっと働けるのに、このままだともったいない。老後も見据え、厚生年金の受給額を少しでも増やそうと考えました」

 女性は36歳で結婚したのを機に夫の扶養に入ったが、それまでの十数年間、フルタイムで勤務し、厚生年金にも加入していた。女性は「一時は扶養に入っていたくせに、と言われるかもしれませんが……」とためらいつつ、こんな本音を吐露した。

「扶養されるのはおおむね女性です。これって、女性は男性に養われるもの、という考え方から来ているのでは。独身か既婚か、自営業の妻かサラリーマンの妻かで扱いが違うのもおかしい。それぞれの立場から訴えると、結局、女性どうしが分断されていく感じがするのもすごく嫌な気がします」

■働き損を解消するには

 一方、「年収の壁」の範囲内で働いている都内のパート女性(46)は「子育てや家事、体力面を考えるとあまりたくさんは出勤できません」と訴える。制度の見直しについては「コツコツ安い時給で働いているパートに、いきなり月額2万円近い社会保険料の負担は目減り感が強すぎます」と段階的な移行を求めた。

 夫の勤務先から家族手当を受けている埼玉県のパート女性(55)は「少なくとも130万円以内で働く人には勤務先の規模なども考慮して社会保険の加入・不加入を選択できる制度にしてほしい」と注文する。

 NRI未来創発センターは「年収の壁」による「働き損」を解消するため、二つの施策を国に提言している。一つは「年収の壁」を超え、社会保険料の支払い負担が増えたことで発生する手取りの減少を補う施策。二つ目は「働き損」につながる家族手当の所得制限撤廃を企業に促す施策だ。これらの施策が実行されて「働き損」がなくなり、仮に非正規で働く妻が労働時間を2割増やしたとすると、100万円だった年収は単純計算で120万円に、500万円だった世帯年収は520万円に増える。これは世帯年収の4%増に相当し、実質的な賃上げと同程度のインパクトをもたらすという。前出の武田さんは言う。

「こうしたインセンティブを実感できれば、労働者は『年収の壁』を自ら超え、今よりも多く働くようになるでしょう。これが実現すれば、足元の物価上昇に対する経済対策、そして新たな労働力の確保に即効的に効果をもたらします。ひいては女性の経済的自立やそれを通じた分厚い中間層の復活にもつながると考えています」

(編集部・渡辺豪)

AERA 2023年3月13日号より抜粋

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