10月13日に94歳で亡くなったやなせたかしさん。訃報と同時に新聞には多くの賛辞が載り、書店でも既存の著書はのきなみ売り切れ。もっか増刷待ちの状態だ。NHK「100年インタビュー」をまとめた『何のために生まれてきたの?』は13年2月刊。やなせたかしの思想を知るには好適な一冊だ。
 「アンパンマン」に託された、やなせたかしの「正義の思想」は次の言葉にあらわれている。〈いろいろなヒーローがいる中で、アンパンマンは一番弱いね。ちょっと雨に濡れれば弱る。ちょっと泥がついても弱る。顔が曲がっても弱る。だから「助けて!」と叫んで、ジャムおじさんに顔をつくり直してもらわないと戦えないヒーローなんですよ〉
 だけど、ヒーローだけいても、世の中は成立しないのだ。〈悪い菌を全部殺してしまうというのはダメなんです。/世の中もこれと同じで、例えば、反対派を全部やっつけてしまうと、ファシズムになるんです。全体主義になってしまうと、その国家はいずれ滅亡していく〉
 一強多弱といわれる現在の政治状況が重なって見えてきません? 野党のばいきんまんも必要なのさ。
 マンガやアニメがこれだけ批評の対象になっているにもかかわらず、「アンパンマン」論は「ドラえもん」論に比べても極端に少ない(っていうかほとんどないに等しい?)。が、次の言葉を読めば、批評の可能性はまだまだありそうである。
〈アンパンマンは、絶対に武器を持ちません。何とか光線とか、そういうのも出しません。必ず素手で戦う。逆に、バイキンマンはいろんなものを持ちます〉〈ばい菌というのは、やられるとまた次の新しい型が出てくるんです、絶えずね〉
 どうですか。アンパンマンは戦後の平和憲法を忠実に、というか愚直に体現したヒーローだったのだ。
 自己犠牲の精神で自らの顔をさしだすアンパンマンと、善玉菌としての機能を果たすばいきんまん。これ、外交のアナロジーに使えないかしら。

週刊朝日 2013年11月8日号