ニューヨーク在住のジャズピアニスト・山中千尋による初のエッセイ集。NYの名門ジャズクラブ「ヴィレッジヴァンガード」のトイレから、パリの小さなバーで見かけたピアニストの背中、果ては彼女の地元・群馬県桐生市の畑にばら撒かれた大量の生理用ナプキンまで、音楽家ならではの、というより山中千尋という個人のユニークな視点で切り取られた「風景」が、女性的な品のある文体で、ときおりシニカルなフレーズ(あるいは「毒」と言ってもいい)を交えつつ軽やかに綴られていく。
 その毒が盛りに盛られた第3章「行儀のわるいジャズ評論」は、実に挑発的。「ジャズが敬遠される大きな原因の一つは、ジャズそのものの難解さよりも、ジャズについて書く人たちのうっとうしさにあるのではないでしょうか」といった具合に、印象批評に堕したジャズジャーナリズムをこき下ろしている。
 もっとも、著者の口の悪さはいわば「芸」であり、それを芸たらしめているのは、若干ひねくれたユーモアと、ジャズを取り巻く環境を憂う気持ち、そしてジャズそのものに対する愛情なのだ。

週刊朝日 2013年10月18日号