76歳になる現在まで、「よそ者」感にとらわれつつ東京に住む劇作家の自伝的エッセイ集。渋谷、目黒、新宿、六本木、浅草といった土地になじみながらも、かすかな違和感がよぎる都市生活の肌触りが描かれる。
 満州に生まれ、高知、静岡、長野と移り住んだのち、信越線に乗って上京した著者にとって、かつての上野は、都市の暗部を象徴するような場所だった。「ネクラな上野組」という属性を、著者は深く自覚する。
 早稲田での学生時代には、「自由舞台」という左翼劇団に入ったことで「在野の精神」の意味に思い至った。それは常に「通俗世界」に身を寄せ、そこでの喜怒哀楽に同調することではないか。行きつけの喫茶店から喫茶店へと原稿用紙を抱えて歩き、人間のうちでも「流れる者」は喫茶店で安らぎ、「住みつく者」は居酒屋で安らぐとの持論を導く。渋谷は「らんぶる」「ライオン」「田園」などの喫茶店の街だった。
 さまざまな要素を不調和のまま内包する東京。「飽きがこない」と表現するその魅力の奥行きが味わえる。

週刊朝日 2013年8月30日号