顔、こころから、自由、死に至るまで、〈ひと〉の一生に関わる様々なモチーフを読み解いた一冊である。主題はどれも一見よく知っているようでいて、意識的に捉えてみれば多くの綻びや矛盾を隠している。著者のいう「現象学」とはその「見知ったもの」を丁寧に剥がしてゆく営みを指す。
 日々の生活と哲学を結びつける「臨床哲学」を提唱する著者だけに、社会の現実を参照しながら論は進む。例えば、身体。自分の身体が「自分のもの」というのは一見当たり前の感覚だ。美容整形や遺伝子操作が社会に浸透するのも、そうした感覚が基盤にある。しかし、その起源は西欧社会の近代革命で市民の所有権、すなわち「『わたし』の存在はわたしのもの」という権利が認定されたことにある。その裏には自分という存在が「じぶんではどうにもならない」という逆説が覆い隠されていると著者は問う。
 認識の根源を問い返すだけにあたまをフルに使う。だが、専門用語を使わず配慮された文体なので、ゆっくり読み進めれば哲学的思考を愉しめる。

週刊朝日 2013年7月19日号

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