一読しての印象は「まぁ普通の小説かな」。「普通」とは、作者の過去の作品や近年の他の作家の作品と比較して、すごくもないがひどくもない、くらいの意味である。作中人物の言葉を借りれば〈勝つこともあれば、負けることもある〉。
 団塊ジュニア世代とおぼしき主人公の多崎つくるは36歳。高校時代に4人の友人に恵まれたが、20歳になる直前、理由もわからず一方的に絶縁された。封印してきた過去と向きあうために、彼は仲間たちを訪ねる旅に出る。時間と空間にまたがった一種のロードノベルである。
 とはいえ、もちろんそこは村上春樹。深読み心をくすぐるトラップは随所に仕掛けられている。駅舎を作る仕事。リストのピアノ曲。6本の指。性的な夢。そして色のつく名前(赤松慶・青海悦夫・白根柚木・黒埜恵理)。ここから四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)とか、庄司薫の四部作(赤頭巾ちゃん、白鳥の歌、快傑黒頭巾、青髭)とかを連想することも可能だし、それぞれの色の持つ役割を子細に検討したら、おもしろい像が浮かぶのかもしれない。
 が、その手の深読みはみなさまにお任せし、あえて浅読みすると、これは究極の「自分探しモノ」である。つくるは5人組の中では〈好感の持てるハンサムボーイ〉だったのに、当人は自分を〈色彩とか個性に欠けた空っぽな人間〉だと思い込んできた。4人の仲間のうち男子2人(赤と青)はいわば色彩に乏しい世俗的な大人になり、女子2人(白と黒)の1人は過酷な運命に弄ばれるも、1人は新天地で色を獲得した。この小説の世界では、カラフルな者が存在感をなくし、無彩色な者が変貌をとげる。緑川も灰田もそう。
 にしても『1Q84』はDVへの報復で今度はレイプと妊娠か。すべてお膳立てしてつくるを過去に旅立たせるのは沙羅、彼の未来に向けて強く背中を押すのは恵理。そして毎度おなじみのセックス描写。女の役割が男の支援者か性的対象だっていうあたりが古くさい。

週刊朝日 2013年5月3・10日合併号