タイトルの他には一切の情報を提供しないという販売戦略は功を奏し、当初30万を予定した発行部数は、4月12日の発売当日、4刷50万部となっていた。都心のいくつかの書店では、カウントダウンまでして同日の午前零時を迎え、行列をつくって待っていたファンに販売。それらの様子は早々に朝のテレビ番組で紹介され、発売日にさらに10万部の増刷が決定した。
 これはもう村上春樹祭だ。
 ここ数年、秋が深まるたびにノーベル文学賞の有力候補として名前があがる日本人作家、村上春樹。世界数十カ国で翻訳され、海外の文学賞を多数受賞し、前作『1Q84』シリーズは700万部を売り上げ、固定読者が数十万人はいると言われる、村上春樹。厳しい業績がつづく出版業界がその人気にあやかろうとするのは必然で、スマホや人気ゲームの販売方法を踏襲して祭となった。
 もちろん、祭の本番はこれからだ。小説を読んだハルキストたちは我先に作中にある謎を取りあげ、ブログやSNS上で自身の読解を披瀝しはじめる。今回であれば、「色彩を持たない」とタイトルにあるにもかかわらず、多崎つくるは「何色」かと解析をはじめる強者がきっと現れる。また、途中で行方がわからなくなる灰田のその後や、過去の作品群との関連について詳細に分析してみせる者も登場するだろう。作中で重要な役割を担う楽曲のCDも、そろそろ売れだすに違いない。
 私は1979年に『風の歌を聴け』を手にとって以来、リアルタイムで全作を読んできたのだが、この小説の読後にまず浮かんだのは、タイトルどおりの内容という感想だった。読んでいる間は、デビュー作を含むいくつかの村上作品を思いだした。そんな既視感とともに当時の暮らしぶりもよみがえり、再生のために「訪ねて尋ねる」というアプローチで過去と対峙する主人公とは違う方法で、はからずも自分の過去と向きあった。
 100万部突破は発売7日目だった。

週刊朝日 2013年5月3・10日合併号