私はその日、暗澹たる思いで電車に乗り、日本推理作家協会の麻雀大会に向かっていた。
 出掛けに息子の数学オリンピックの予選結果通知がやってきたのだが、あと1点で落ちていたのだ。

 本選に残った193人はAランクとなり、早稲田大学理工学部や慶應大学環境情報学部の特別入試受験資格も得られたというのに……。
 息子の自信ありげな様子を信じて、周囲には「今年、うちの子本選に行けたかも!」とウキウキ明かしていただけに、ショックは大きかった。
(最後の詰めが甘いのよ……)
(だいたい最近ゲームばかりして数学サボッてたから……)
(アガり症でほんとに困っちゃう……)
 あとからあとからグチっぽい考えが浮かんでくるが、結果はもう覆せない。

 麻雀大会会場である銀座の雀荘には、すでに作家さん、編集者さんが30人以上集まっていた。会費は8000円で優勝すればiPad。欲しい。じっと賞品を見て気合いを入れた。これを子ども達に持って帰るぞ、と。

 しかし一回戦で私はいきなり大沢在昌さんと当たってしまった。憧れの作家さんの迫力ある牌さばきに頭にカアッと血がのぼり、一度も上がれずに、あえなく敗退。今はアガってしまったのよね、と自分に言い聞かせ、次の卓に挑む。
 今度は早々に倍満という高い役で上がり、このまま逃げ切るはずが、最後に気を抜いて振り込んでしまい、結局ビリだった。

 ああ、アガったり、最後の詰めが甘かったり。私も息子と同じようなところでコケているではないか。なんてしょうもない親子なのだろう。
 結局私が得られた賞品はスープ専用魔法瓶のみ。こんなものよと自分で自分を慰めながら家路につく。その頃には息子への怒りは消え失せていた。

 帰宅し、しおれた顔をしている息子に私はこう言った。
「お母さんが高校の時は、いくら応募しても小説が1次選考にも残らなかった。それなのにお前は数学オリンピックでBランクになった。Bランクは東邦大学や中央大学の理工学部の特別選考の受験資格が得られる。お前は立派だ。少なくとも、お母さんよりも」
「それ、慰めてくれてるの?」
「そのつもりだよ……」

 息子はなぜか最近英語を頑張っている。どうやら来るべき大学受験への準備らしい。今回の悔しさを胸に頑張れ、息子よ……!