昔から人が恩恵を受けている昆虫といえば、思い浮かぶのは絹が取れる蚕と蜂蜜を作るミツバチぐらいか。だが驚くなかれ、日用品から農業、医療、宝飾品と何から何まで人は虫のお世話になってきたという。昆虫を愛してやまない昆虫学者が、人と昆虫の深く長いかかわりについて語る。
最高級の赤い染料はカイガラムシが原料。養殖を独占していたスペインは巨万の富を築いた。中東では今もアブラムシがお尻から出す甘露でお菓子を作る。いくつかの国では傷口をアリに噛ませて、そのあごを傷を縫い合わせるホチキスの代わりにした。興味深いのはタマバチが木に作るこぶで、これが黒インクの原料。この虫がいなければ何ひとつ記録を残せなかったわけだ。人類の歴史は虫のおかげで存在するともいえる。
本書には日本文化の中の虫も登場する。虫を「利用する」西洋に比べ、蛍の幻想的な明かりや鈴虫の声を「愛でる」感性はやはり独特。昆虫の生態とともに虫をめぐる人の生活も生き生きと伝えて、優れた人類学の書ともなっている。
週刊朝日 2012年11月30日号