廣瀬陽子教授(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)
廣瀬陽子教授(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)

 ウクライナがこうした準備を整え、対策を練ってきたことは、日本にいる私にもわかることなのに、プーチン大統領が知らなかったとしたら、はっきり言って異常事態です。実は、プーチン大統領は自ら情報収集はしないし、インターネットを使いません。スマホも持っていないのは有名な話です。もしも自分でネットの情報をちょっとでも検索すれば、ロシアが劣勢ということも気づけると思うのですが……。

 プーチン大統領がFSB長官時代だった1998年に肝煎りで新設した、FSB内の秘密工作の部局「第5局」が、どうも「ウクライナはすぐ落とせる」という誤った情報を伝えていたようなのです。その誤情報をもとに次の作戦を繰り出すのですから、当然戦況は悪化していく。3日で陥落するはずだったキーウは落ちない、いまだに東部2州も完全に押さえられていない、ロシアの損失はどんどん増えていく……。第5局は150人ほどを懲戒免職され、トップは収監されましたが、時すでに遅し。しかし、プーチン大統領を怒らせたら恐ろしいと震え上がっているFSBメンバーは本当のことを言えなかったのでしょうね。侵攻前、「御前会議」でプーチン大統領に詰問されたナルイシキン対外情報庁長官がオロオロするパワハラ映像がネット上でも話題になりました。あれは「俺に逆らうとこうなるぞ」という見せしめとも感じました。プーチン大統領の機嫌を損ねたら大変なことになる、だから側近たちは都合のいい情報しか耳に入れないようにしていた。その可能性はあると思います。

――劣勢が続いているとはいえ、ロシアは核を保有している。核の脅威が急激に色濃くなっているように感じられます。

 非常に難しい問題です。これまで、一定のルールが策定され、遵守されさえすれば、核は戦争を抑止する力となり、世界平和に貢献することもできると考えられてきました。いわゆる「核抑止論」です。ロシアは軍事ドクトリン(基本方針)において、二つのケースにおける核使用を認めています。まず、戦争遂行中に負けそうになった局面で核を用いてロシアが容認できる条件で停戦を強要するという場合、そして、遂行中の戦争に第三国が参戦してくると不利になってしまうので、第三国の参戦の意志を削ぐために核を用いる、という場合です。しかし、今回の戦闘においては、もし核兵器を使い、NATOやアメリカとの戦争になってしまえば、敗北しかないことをさすがのプーチン大統領でも認識していると思います。それが怖くて核の使用は控えている。侵攻が勃発した当初には、限定的な核使用、たとえば誰も人がいない海などに使って脅しをかけるぐらいはやるのではと言われていましたが、これだけ膠着してしまった今は、もはやそのフェーズではないと見ています。

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一番怖いのは、プーチン大統領が自暴自棄になってしまうこと