ロシアのウクライナ侵攻から4カ月余りが過ぎたが、依然として先行きは不透明だ。ロシアはこの状況を予想できていたのか? 国際政治学者のフランシス・フクヤマが近著『IDENTITY(アイデンティティ)』で説いた「承認欲求で歴史は動く」という考え方。今回の侵攻は、まさにプーチン大統領が募らせていた承認欲求と、それが満たされないどころか自身の尊厳が崩され続けているといった被害妄想が積み重なり、直接的に戦闘に駆り立てられたのでは、と分析する慶應義塾大学総合政策学部教授の廣瀬陽子さんに、ロシアの誤算と一番の恐怖について解説してもらった。
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――戦争が長期化している原因として、廣瀬先生は「ロシアにいくつかの誤算があった」と指摘しています。
2、3日でウクライナの首都キーウを陥落するつもりが、そうはならなかった誤算にもつながるのですが、情報戦において圧倒的に劣勢だったことは、さらなる大きな誤算だったのではと見ています。
そもそもアメリカはロシアのかなり正確な情報を持っていて、クリミア併合(2014年)の際も実は多くの情報を入手していたようです。ところが、それを悟られないようにと静観したことで、結果クリミアがロシアのものになってしまった。その反省から、アメリカは情報をリークすればロシアが踏みとどまるのではと期待し、今回は抑止を目的に早々にウクライナに情報を渡し、バイデン大統領や米国メディアがロシアの意図を暴露していたという話があります。
プーチン大統領は「身内が裏切っているのでは?」と疑心暗鬼になり、情報を極力流さないようにとギリギリまで命令を出さなかった。通常、戦時において、軍事行動を起こす前に末端まで指令が行き渡っていないと効果的なアクションができません。ところが今回は、作戦実行の2、3日前に初めて将官クラスに伝えたようなのです。そもそも当初、戦略はFSB(ロシア連邦保安局)が練ったとされ、本来中心となるべき軍は蚊帳の外だったようです。戦争は軍に任せなければ失敗が繰り返されるという認識に至った結果、ドボルニコフ(6月25日頃に更迭された模様)が総司令官に任命されたのも戦争勃発から1カ月以上経った4月11日でしたし、司令官のいない部隊も結構あったと聞きます。つまり、特に侵攻開始からしばらくの間は指揮命令系統が全く機能していなかったのです。