渋谷スクランブルの屋上デッキ、渋谷スカイからの眺望を楽しむ高橋源一郎氏(写真提供:集英社インターナショナル)
渋谷スクランブルの屋上デッキ、渋谷スカイからの眺望を楽しむ高橋源一郎氏(写真提供:集英社インターナショナル)
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驚くべきスピードで再開発が進む渋谷の街。コロナ禍の2年間、東京の街を歩き続けた作家・高橋源一郎が、なぜこの街が昔から作家たちを魅了し続けるのか、その秘密を探った。『失われたTOKIOを求めて』(集英社インターナショナル)から、抜粋して紹介する。

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「渋谷スクランブルスクエア」の屋上デッキ(渋谷スカイ)に上ってみることにした。なんでも、ものすごい風景が見える、と聞いたからだ。

 強い風が吹いていた。吹きさらしの屋上では、いちばん外側のガラスの囲いのところまで行くことは、そこに囲いがあることはわかっていても、こわかった。当然のことだが、周りには、ここより高い建物は見つからず、遥か遠くまで見ることができた。

■グーグルアースでは見えない「夜の渋谷」

 最初に気がつくのは、東京には、意外に緑がたくさんあることだった。これは、この高さまで上らなければわからない。

 真北に向かって立ってみる。すると、左手に緑の森のように見える場所がある。東大駒場だ。そこから隣り合って、やはり緑の一帯がある。地図を見ると松濤だ。大きな公園もないのに緑が多い。そのまま視線を真北に向ける。代々木公園と明治神宮の大きな森が広がっている。その向こうには新宿御苑。右を向くと、やはり大きな森にしか見えない緑におおわれた場所がある。赤坂御所だろう。さらにその先には、グーグルアースなら、皇居の緑が見えるけれど、実際にはビルに邪魔されて、そこまでは見えない。

 旧帝大から明治神宮、そして御所と皇居。東京の緑は聖なる緑だ。そのことが、渋谷の頂きにいるとわかるのである。わたしは最後に、こわごわと足下を見た。確か、渋谷は坂の町だったはずなのだ。だが、上からでは、渋谷の起伏はわからなかった。

 昼間、たとえば、スクランブル交差点を中心に人々が集まる。新しく変わってゆく渋谷は、もちろん、「昼の渋谷」だ。だが、同時に、「夜の渋谷」の姿もある。それは、「スクランブルスクエア」からも、グーグルアースでも、見ることはできない。

 四〇年以上も前、わたしは、「夜の渋谷」をうろついていたことがある。そのことについては、詳しく書くことはできない。忘れられないこともたくさんあるが、書く気持ちにはなれない。だが、夜になると姿を現す、昼間には存在しない、もう一つの渋谷があったことはよく覚えている。

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「夜の渋谷」の姿