「授業や演習で指導教員の教示を受けて鍛えられ、論文という成果物を作り上げた経験は、専攻を問わず糧になっています。なかには演劇を専攻して映画会社に就職した院生もいますが、専門性が評価されたというよりは、好きな学問を追究して自分で人脈を築いていった結果です」(横内氏)
■ビジネスの世界でも生きる研究者としての経験とノウハウ
では企業は文系院卒の人材をどうとらえているのだろうか。
日本IBMは、グループ会社を含め700人以上の新卒学生を採用する年もある。同社人事新卒採用マネージャーの丘沢葉月氏は「大学生か院生かの区別は採用の時点ではしていません。文系と理系についても同じです。23年度採用からは大卒以上という応募資格の枠も外し、高専や専門学校卒、高卒にも門戸を開きました」と「人物本位」であることを強調する。
丘沢氏が採用後のデータを検証したところ、日本IBMの最近3年間の文系院卒の採用比率は10%前後で、採用人数が多いグループ会社の日本アイ・ビー・エムデジタルサービスでは11%から17%だった。採用者全体のうち文系は約半数で、文系の2割程度が院卒になる。出身研究科は多岐にわたっているという。文系大学院への進学率自体が低いなかで(人文科学4.1%、社会科学2.2%「令和2年度 文部科学省 学校基本調査」から)院卒採用の比率が高い理由を丘沢氏はこう分析する。
「文系で大学院に進むのは、この研究がしたいという明確な意志を持って教育機関に残った人たちです。ビジネスの現場は答えが一つではなく、さまざまなアプローチと、ゴールを見据えて考え続ける力が求められます。そこでは学び続けてきた姿勢が生きる場面が多いのではないでしょうか」
ときには軌道修正しながらもくじけずに研究を続けた経験や、学業で培った経験は仕事にも生きるという。
「文系院卒の人に話を聞くと、膨大な先行研究の中から有用な情報を探し出したり、論文の根拠を示すためにアンケート調査やヒアリングを実施し分析したりすることが求められるといいます。こうした研究に必要なスキルは、多くの人と関わりながら大量の情報を処理し、お客様の課題を解決していく上で役立っていると考えられます」(丘沢氏)