橋本龍太郎氏とは、エベレストを縁に奇妙な友情で結ばれていた
橋本龍太郎氏とは、エベレストを縁に奇妙な友情で結ばれていた

 なにしろ、橋本の女性問題すら本人との会話の際にネタにしてしまう。橋本が総理在任時に中国の女性官僚と男女の関係があったと報じられた。橋本側は、女性は中国大使館に勤務する通訳であり、職務上の接点があったにすぎないと釈明。だが、続報では女性は北京市公安局の情報工作員であり、いわゆる「ハニートラップ」にひっかかったのだと報じられていた。野口はエベレスト清掃登山の活動報告会に顔を出してくれた橋本に対して、そのことをネタにしたのだった。 

 立食形式の会場で立ち話をしている際に、野口は橋本に当時付き合っていた恋人を紹介した。恋人は中央省庁の役人であり、元総理を目の前にしてカチカチに緊張していた。彼女がお手洗いに行った際に橋本が「まあ、お前、女には気をつけろ」と言ってきた。橋本は上機嫌だった。「はい。気をつけます」と返答する野口に、愛煙する煙草「チェリー」をゆっくり吸い込むとまた「いいか、女には気をつけろ」と繰り返してきた。野口がそのたびに「はい」と答えても、まだ続く。「いいか、とにかく女には気をつけるんだぞ」と。

 あまりにしつこいので、野口は何を思ったか「そうですよね~、たとえば中国とか」と返してしまった。その瞬間、橋本は「キサマァー」と激昂した。

 野口は「ああ、人間ってこんなに瞬間的に怒ることができるんだ」と驚いた。会場の全員が一斉に振り返った。

 野口は「え? あれ? まさか、あの話ってほんとだったんですか。いや~僕はてっきりガセネタかと思って。すみません」と飄々としている。「貴様」「貴様」と橋本は顔を真っ赤にしながらスパスパとチェリーを吸いながらそのまま会場を後にした。

 にもかかわらず野口はお手洗いから戻った恋人に「あれ~、怒っちゃったかな~」ととぼけている。事態をつかみかねている恋人に一連のやりとりを伝えると彼女は目を丸くして驚き、「そんなことを仰ったんですか。ありえません。ありえません」と呟いていた。

■出馬のチケットを手中に

 野口は、橋本と正面から真面目に語り合うようなコミュニケーションはほとんどとらなかった。でも二人は不思議と通じ合っていた。自分が政治家を志望していることも、明確に告げたことはなかった。橋本との関係に限らず、これは野口のスタイルなのだが、それとなく相手にほのめかす、だけなのだ。すると不思議なことに言われたほうが勝手に解釈して、野口の望み通りに動いてしまう。そして、現実が野口の思っていたようにかたちづくられてくる。 

 この時もそうだった。野口が狙いを定めた二〇〇四年の参議院議員選挙。それに間に合うようにしかるべきタイミングで橋本の側から「僕たちの仕事に君も興味があるのかな」と言わせてしまう。黙って頷く野口。そして、ついに橋本龍太郎が受話器を取り上げる。「彼を比例区から出すから」と事務所から自民党本部に指示を出した。時に野口健三〇歳。ついに参議院選出馬のチケットを手中にした。

後編に続く>

○小林元喜 こばやし もとき
ライター。1978年、山梨県生まれ。法政大学経済学部卒業。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。法政大学在学中より作家の村上龍のアシスタントとしてリサーチ、ライティングを開始。『共生虫ドットコム』(講談社)、『13歳のハローワーク』(幻冬舎)等の制作に携わる。卒業後は東京都知事(当時)の石原慎太郎公式サイトの制作・運営、登山家の野口健のマネージャー等を務める。現在に至るまで野口健のマネージャーを計10年務めるが、その間、野口健事務所への入社と退職を3度繰り返す中で、様々な職を転々とする。現在は都内にあるベンチャー企業に勤務。

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