元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
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「実家から母の毛糸が大量に出てきて困った……」という友人のフェイスブックを読み、思わず「私欲しい!」と手を上げた。何しろ会社を辞めた後、かねてやりたかった編み物を友人にコツコツ習っている身なのだ。で、早速取りに行ったら大型の袋にパンパンに詰まった毛糸が!
……いや正直、これほどの量とは思っていなかった。改めて考えると私、数年かかって基本的な編み方がよちよちできるようになった程度。50の手習いでは手も動かず、何より老眼で編み目が全然見えないんだよ。それに頑張ってセーターとか編んだとて、考えたら収納ゼロのワンルームには置き場所もなし。どうするよこの糸……だが一旦頂いた限りは生かすしかない。
で、いいことを思いついた。私程度でもすぐ編めて、人様にプレゼントできるものを編めば良いのだ。で、捻り出したのが「帽子」であります。小さいからすぐ編めるし、もらっても邪魔にならなさそう。多少派手だったり妙な色合わせだったり、編み目が多少間崩れしていても「味」ってことで許してもらえそう……というアイデアを周囲の人に話すと、ウソかホントかはわからぬが皆「それいい!」「私も欲しい!」と口を揃えて言うので、気をよくして早速編み始めることにした。
……いやね、確かにニット帽ならすぐ編めるとネットには書いてあったんだが、実際編んでみたらそんな簡単なもんじゃなかった。何より冬は暗いので目の見えなさに拍車がかかって全然進まず、それでも無理やり編んだら間違えが酷すぎて「人様にあげるのに流石にこれは」と先生にやり直しを命じられる。そうこうしてようやく一つ仕上げたが、思ったよりピチピチで合う人がいない。それでもめげずに会う人会う人に試着してもらい、ようやく「なんとか似合う」人を見つけて有無を言わさずもらって頂いた。
いやー前途多難すぎる! このペースじゃ、あの毛糸を編み尽くす暁には死が迫っていそうだ。でもこんなことで人生を浪費することを幸せというのかもね。
◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2023年3月6日号