早速、折りたたまれていた段ボールを元の状態に戻すと、中に潜り込みました。取っ手を握ってみて、当たり前ですが、前が見えないことに気がつきました。
「窓を開けないかん」
僕は段ボールの中に直立して取っ手を握ると、目の位置に合わせて小さな穴を開けました。段ボール服の完成です。
そうこうしているうちに、出勤する人たちの靴音で段ボール箱の外側が騒がしくなってきました。もうじき、不動産屋さんも開店の準備を始めることでしょう。良ちゃんに靴も脱がされてしまったので、僕はアスファルトの道路の上をちょっとずつ移動しながら、不動産屋さんを目指しました。
「すみませーん!」
ようやく不動産屋さんにたどりついて大声で呼ぶと、いつも気さくな店員さんが黒いジャケットを羽織って店から出てきました。
「なんだこれ」
「オオシロです。そこのアパートの」
「えっ、ええ?」
店員さんが、目の穴から段ボール箱の中を覗き込んできました。
「裸じゃないですか。オオシロさん、いったい何してるんですか」
「飲んでたら服脱がされてしまったんで、電気屋さんの段ボール箱かぶって、やっとここまできたんです。とにかく合鍵貸してください」
「この後、お客さんを2組案内する予定があるんで、付き添いはできませんよ」
不動産屋さんはそう言うと、段ボール箱の中に合鍵を放り込んでくれたのです。
その瞬間、僕は、
「勝った!」
と思いました。
知恵と勇気とアイデアで、この難局を乗り越えることができたと思ったのです。
不動産屋さんの前から自分のアパートの前に戻るべく、僕は意気揚々と段ボール箱ごと移動を開始しました。
ところがわずか数メートル移動したところで、誰かが段ボール箱をノックする音が聞こえました。
「ゴンゴン、もしもーし、ゴンゴン、もしもーし」
のぞき穴から周囲を伺うと、自転車に乗ったふたりの若い警察官が視界に入りました。
「もしもし、どうされました?」
「いや、あの、僕は裸じゃないんです。この段ボール箱が服なんです」
警察官が段ボールの内部を覗いてきました。