発情したメスのまわりをぐるりと取り囲んで求愛しているオスたちは、遠くから発情声が聴こえると、顔を起こして声の方向に耳を向け、強いオスの声が近づいてくると、若いオスなどは相手の姿も確認せずに、その場から一目散に逃げ去ることもありました。まだ力のない若いオスのノラねこたちは、強いオスに見つかってメスの近くから蹴散らされる前に、事前にどのオスの鳴き声かを聞き分けて、そこに残るのか、それとも逃げ出すのか、判断しているようでした。
また、春になって生まれた子ねこたちも、少なくとも自分の母親の声は、聞き分けているようです。まだ乳飲み児の子ねこたちは、母親がエサを探しに出かけるなどで留守の時には、敵に見つからないようにするため、鳴くことはありません。しかし、母親が戻ってきて、子ねこに優しく呼びかけると、倉庫のなかから複数の子ねこの鳴き声が聴こえてきました。わたしたちが外から、いくら母ねこの鳴き声をまねてみても、他のねこたちが鳴いていても、子ねこは全く反応しませんでした。
母ねこも当然、自分の子供の声は聞き分けているようです。もう、20年も前になりますが、神社の境内で、まだヘソの尾のついたままの、目も開いていない、生まれたばかりの子ねこを拾ったことがあります。オレンジのキジ猫でしたので「トラ」ちゃんと名付けました。
その頃、わたしは大学院生で、住んでいたアパートではねこを飼うことができず、少し大きくなるまで、トラちゃんを大学の研究室で飼っていました。だんだん大きくなって激しく飛び跳ねるようになってくると、さすがに大学の研究室では飼えず(いま思うと、なんともおおらかな時代でした)、知人のお宅でしばらく預かってもらっていました。
トラちゃんが大人になった頃、その方が引っ越しをするというので、またわたしが引き取って、今度は大学の野外実験場で飼っていました。そして、苦労の末、ようやく引き取ってくれる方が見つかり、トラちゃんはめでたくもらわれていきました。