あと、高校一年生の時、全然しゃべらないのに本の交換だけはめちゃくちゃしていた隣の席の子がいて。結局、高校3年間、その子とはメールでも「明日、本を持っていく」っていうやり取り以外はしなかったな。私は、京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』とかを彼に貸して、彼からは、「ホリデーシリーズ」とか『和菓子のアン』とか『夜の光』など、「日常の謎」を書いている坂木司さんを教えてもらったりとか。割と幅広く、いろんなジャンルを読んでいましたね。
■すれ違いざまに、本を交換していた高校時代
――すごく、面白い関係ですね。
そうですね。ちょっとまだ男女が仲良くしていると、噂が立っちゃう感じがあったから、すれ違いざまにこっそり本を渡す、みたいな。
――それが、本を通じた心の通わせ合い……!?
その彼は多分、私が作家になっているって知らないし、今はもう連絡の取りようもないんです。でも高校1年から3年までの間、その人が本の幅を広げてくれたなと思いますね。
――本作の話題に戻りますね。主人公の唯さんは食べ物を口にするということに、気持ち悪さを覚えて、誰にも分かってもらえないという苦しみを抱えています。苦しむ主人公を描いた小説を執筆される中で感じたことはありますか?
今、「心の多様さ」みたいなことはすごく注目されていて、好きとか嫌いとかっていう感情の面はピックアップされているんですけれど。実は「体」も個人個人が違う体を所有していて、自分では平気なことでも、相手は平気じゃないことがある。
たとえば、体力の面でも、自分のペースで歩いていたら、相手は疲れちゃうことがありますよね。意外と体のことを今、忘れがちなのかなと思っていて、体についてすごく考えるようになりました。
やっぱり、どうしようもないんですよね。自分の体で生きている以上、どうにもならないところもあるし、気に入らないところや逆に気に入っているところもある。取り替えられない体で生きる中で、自分の味方になってあげるにはどうしたらいいのか、みたいな考えが私の中にあって。
ちょっとネタバレになりますけど、自分の味方になってほしいっていう気持ちで唯は泉のところに通うようになったんですよね。でも結局、まず自分が自分の味方になってあげないと、ということを書きながら感じるようになりました。