人間は「習慣的な記憶」には強いのですが、これから先にやるべき「展望的な記憶」を維持することは苦手といわれます。つまり、いったん日常的行動のスイッチが入ると、自然に体が動いてことが進むので、子どもを預けるという非日常的行動への意識が低くなります。結果、うっかり忘れるという事態につながるのです。
この忘れるという現象に個人差はありますが、多くの場合は、焦りや疲れといった状況下でより起こりやすいといえます。また、やることが多いマルチタスク状態のときも要注意です。ストレスで脳が処理できる領域が狭まっているなかに、子どもの支度もあって会社に遅刻しそう、出社後に大切な会議が控えている、締め切りが迫った仕事を片づけなければならない、と脳はフル状態に。そこにいつもと違う子どもの送りが入ってきても、抜け落ちてしまうという事態が起きるのです。
また、記憶とは不確かなものです。岸和田市の事故の父親は、他の姉妹を別園に送った後、亡くなった女児も「預けたつもりだった」と話していると報道されています。記憶は時間が経つにつれて忘れ去られるだけでなく、断片をつなぎ合わせ、事実とは違うストーリーを作り上げてしまうことがあります。前の記憶が今朝の記憶とすり替わってしまうことすらあるのです。自分のなかで確信している記憶と事実とが異なった場合、「預けていない」という事実に気づくタイミングがなく、事故につながる可能性が出てきます。
車社会のアメリカでも、同じような置き去り事故が多く起きています。神経科学者のデビット・ダイアモンド博士は、記憶の抜け落ちを「赤ちゃん忘れ症候群」と名づけ、心理学や脳科学の観点からこの問題に取り組んでいます。
■事故を防ぐにはどうすればよいのか
まず、こうした事故が起こりうるのだという前提に立つことです。人間の記憶力、やる気、愛情といったものを信用しすぎてはいけません。わが子にどんなに愛情をかけて育てていたとしても、こうした事故を起こす可能性があるのです。