「病院の中でいつのまにか『がん患者のメンタルで困ったら大西のところへ』という流れができて。さらに患者さんと同じように苦しむ家族も診るようになりました」
がんの患者が亡くなり、家族から遺族になってもつらそうな人には、サポートを続けた。「気がついたら本人だけでなく家族や遺族も診ていた、という感じでしょうか。でも僕にとってはごく自然なこと。困っている人を見ると放っておけない性分なんですよ。お節介なんだね」と大西医師は笑う。こうした経験から、がん医療を専門とする埼玉医科大学国際医療センターに全国初の「遺族外来」を立ち上げた。遠方からも多くの患者が訪れる。
■どんな状況でも人は成長できる存在
医師が家族や遺族の心のケアをするメリットは、医学的な根拠に基づいた話ができることだと大西医師は言う。
「たとえば『夫はモルヒネを使ったから早く死んでしまった』と嘆く遺族には、『使ったから苦しむことはなかったんですよ』と言ってあげられる。医療の知識がある医師が『あなたの選択は間違っていなかった』と伝えることで、救われる遺族は少なくありません」
悩んでいる患者と向き合う精神科医の仕事は楽ではないが、患者の笑顔が増えてくると、 自分のことのようにうれしくなる。
「人間はどれほど悲しい思いをしても、絶望的な状況に置かれても、亡くなる間際になっても、精神的に成長できる存在です。これまで多くの患者さんと関わり、生と死を見つめる中で、そんなことを学ばせてもらった。この仕事をやっていたから実感できたことです」
これから医師を目指す若い世代にもエールを送る。
「何をやりたいのか考えてみることが大事。おぼろげでもいいから目標を持つことで、自ずと前に進んでいけるのではないでしょうか」
(文/熊谷わこ)
※週刊朝日ムック『医学部に入る2023』より
大西秀樹医師
1986 年横浜市立大学医学部卒。神奈川県立がんセンター精神科部長等を経て現在、埼玉医科大学精神科教授、埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科診療部長。がん患者遺族の治療とケアを行う「遺族外来」を開設。著書多数。