「脳を勉強するのは好きだったんですね。脳をやるなら精神科か神経内科ですが、当時横浜市大に神経内科がなかったので精神科に進みました。消去法で決めたみたいな形になったものの、振り返ってみれば精神科に向いていたのだと思います。後悔などは全くしていません」
■時代を見据えて遺伝子研究 海外で学び、学位取得
入局した母校の精神科教室でまず取り組んだのは、精神科とは畑違いの「遺伝子」の研究。教授から「これからは遺伝子の時代だから、遺伝子もちゃんとやれる精神科医がいなければだめだ」と勧められたからだ。そこで精神科の臨床をやりながら遺伝子の研究をし、アメリカで学ぶ機会も得て、遺伝子工学で学位を取得した。
「そのとき身につけた遺伝子の知識は、その後、精神科領域の研究や臨床を行う上でとても役に立っています。多くの精神科医は専門外の勉強をする機会はなかなかありませんが、僕は経験できて本当によかった。若い世代には自分からさまざまなことに挑戦してほしいと思います」
がん患者の心のケアを始めたのは医師になって7年ほど経ったころのこと。当時勤めていた大学病院の婦人科医から、うつ状態になった卵巣がんの患者の診察を頼まれたことがきっかけだった。当時は日本にまだ精神腫瘍学がほとんど浸透していなかった時代。治療のガイドラインもない中、患者の話に耳を傾け、必要に応じて薬を使うなど、手探りで治療をした。
「患者さんを診て『がんはこれほど心理的なダメージが大きい病気なのか』と、愕然(がくぜん)としました。ところが精神面のつらさが改善されると、がん治療もうまくいき始める。これはすごいことだ、と思いました」
■がん患者、そして家族をサポート
以来、ほかの医師からも次々とがん患者のメンタルケアを頼まれるようになった。再発が怖くて眠れない人、つらさからスタッフに対して攻撃的になる人……一人ひとり抱える苦しみも反応もさまざまだと気づかされた。精神科的なアプローチをする上で、がんに関する症状や治療などの専門知識も必要で、大西医師は「学ぶべきことは多かった」と振り返る。