だとしても、「婿入りしたんだ」「婿養子に入ったの?」などと聞かれて、良い気持ちがしないのは正直なところだ。事実、妻の親と養子縁組などしておらず、正しい意味で「婿養子」になったわけではない。相手に悪気がないことは分かっていても、そうした質問をしてくる人に対し、心のどこかで一線を引いてしまう自分がいるという。

「婿入りという言葉には、どこか“立場が弱い”というマイナスなイメージがある気がする」(基弘さん)

 いわく、妻の名字にしたことに対し、例えば「柔軟性」や「優しい」といったポジティブなイメージ以上に、「奥さんに負けちゃったのか」という感じが伝わってくるという。しかし、相手に対して、婿入りという言葉の意味まで説明するのは、はっきり言って面倒だし、そこまでしようとも思わない。だから適当に、その場を終わらせるのが常だ。

 一方で周りの友人らが、名字を変えたことに対して、特に大きな驚きを見せなかったのは救いだった。名字の一部を使ったあだ名で呼んでいた友人からは、「じゃあ新しい名字のあだ名にするか」と提案されたが、「下の名前で呼んでくれ」と伝えた。名字にそこまで大きな意味合いを持てないからこそ、友人からも下の名前で呼んでもらいたいと思った。

 昔から、下の名前は「自分の名前」だという感覚がある。海外に行くと、下の名前で呼ばれることが圧倒的に多く、「なぜ日本は名字で呼ばれることが多いのだろう」と思ってきた。

「僕にとって大事なのは、下の名前。名字に特に大きな意味合いを感じないのもあって、妻の名字に変えることには抵抗がなかったけれど、世間一般からすると、これほどまでにマイノリティーなのかと感じさせられる」(基弘さん)

 名字を変えたことで生まれる思いもあれば、“変えさせてしまった”ことで生まれる葛藤や悩みもある。夫が名字を変える選択を、妻側の視点から見ると、また違った捉え方があり――。

(松岡かすみ)

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松岡かすみ

松岡かすみ

松岡かすみ(まつおか・かすみ) 1986年、高知県生まれ。同志社大学文学部卒業。PR会社、宣伝会議を経て、2015年より「週刊朝日」編集部記者。2021年からフリーランス記者として、雑誌や書籍、ウェブメディアなどの分野で活動。

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