エマニュエル・トッドさん
エマニュエル・トッドさん
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 家族制度や識字率、出生率に基づき、現代政治や社会を分析し、「ソ連崩壊」から「米国の金融危機」などを予言した、フランスの歴史家エマニュエル・トッド。彼は「私たちはもはや民主主義の精神を持っていない」と述べます。コロナ後、そしてウクライナ戦争後の世界で、民主主義にいったい何がおこったのか。最新刊『2035年の世界地図』[2月13日(月)発売]で語った民主主義の未来予想図を、本書から一部を抜粋・再編して大公開します。

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■民主主義の制度は残ったが、習律や精神が失われた

――2020年初頭から、コロナウイルスが世界を席巻し、社会に大きな影響を及ぼしています。2022年2月、世界がパンデミックに動揺する中で、ロシアがウクライナへ侵攻しました。冷戦終結以来の国際政治において、間違いなく、最も重要な出来事の一つです。パンデミックは、民主主義にどのような課題をもたらしましたか?

 パンデミックの影響はいくつかあります。ただ、民主主義に大きな影響を与えたとは言えません。単に長期的な傾向が強まっただけです。それは、民主主義が実質的な消滅に向かう傾向です。

 欧米では特に、「民主主義」という言葉をまだ使っています。「自由民主主義」という言葉もそうです。その言葉に慣れているからです。しかし、私たちはもはやその外側にいるということに気づいていません。

 自由民主主義では、自由があることになっています。選挙があって、報道の自由、自由な政府があるはずです。そして、市民間に一定の平等があるはずです。

 私たちはまだ、今でも民主主義の制度を持っていると思います。しかし、もはや民主主義の習律も精神も持ってはいません。

 私はとりわけ、民主主義のリーダーを自任する米国について考えています。不平等の度合いはどうでしょうか。米国の社会的不平等は大変なことになっています。貧しい人々の平均寿命は短くなっています。政治制度でさえ、何らかの形で不正に操作されています。なぜなら、制度を運営するにはカネがあまりに重要になってしまっているからです。それらはすべて一種のパロディと言えます。

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教育と民主主義の密接な関係