まさに、雅子さまの年頭の1月のお召し物は『梅春もの』づくしであった。同じ白でもニュアンスは異なり、また、雅子さまがまとうと圧倒的な品格を醸し出し、青木氏が指摘するように「ことほぐ(=お祝いをのべる。喜びの言葉をいう)」を余すところなく表現されている。この1月の装いとは別に、雅子さまが白系へ移行していった分岐点は「04年にあったのでは」と時系列に推測する。
「毎年お正月に、ご一家全員が揃う、いわば家族写真が発表されます。これは様々なメディアで発表されるだけではなく、『皇室御一家』カレンダーとして、公益財団法人「菊葉文化協会」から発行され、多くの国民の目にも留まるものです。このカレンダーにも掲載されているご一家の集合写真を年ごとに見ていくと、1995年はロイヤルブルー、96年はピンク、98年はグリーン、99年はローズ色と、雅子さまは、様々な色のスーツをお召しになっています。ところが、ご体調を崩された2004年以降、お正月御一家の写真での雅子はほとんどが白、または白っぽいスーツばかりなのです。こうしてみていくと11年のみ薄い水色ですが、本年に至るまで、他は全て白系のスーツであるということが言えます」(青木氏)
04年といえば、その年の夏に雅子さまが適応障害であることを発表された年。
「放送作家のつげのり子さんもご指摘されていますが、雅子さまは2004年を境に、ご公務やプライベートなどでも、白やアイボリー、つまり白系をお召しになることが増えました」と、青木氏が指摘するように様々なシーンで「白系」が見られるようになった。
「例えば06年8月、ベアトリクス女王の招きで、一家ご一緒にオランダでご静養されたとき、白のパンツスーツでした。同年4月、愛子さま学習院初等科入学式では白のスーツ。13年4月30日11年ぶりの海外公務に臨まれたオランダ国王即位式では、オフホワイトのローブモンタント。15年7月4日トンガ国王トゥポウ6世の戴冠式では、オフホワイトのローブモンタントに勲章を佩用(はいよう)されて。22年8月10日フローレンス・ナイチンゲール記章授与式では、日本赤十字社名誉総裁として純白のスーツで。このように大切な家族の節目の行事、海外王室との交流でありながら、心安らいだであろう場面、さらに緊張を伴う海外での正式な儀式、そして皇后としての責務を果たされる国内での活動など、多々、雅子様は白系の装いで臨まれてきました」(青木氏)