しかし、どんな状況でも、そして特に医療の状況でのコミュニケーションには常に説得の要素が含まれます。たとえば、毎日やっている歯磨きは大切だということは分かっていますが、歯科医から「よく歯磨きができていますね」と褒められると、その結果「これからも続けよう」という気持ちが起こればそれは説得の効果です。
そして、本当の説得は医師が患者に一方的に「これをしなさい」、「あれはやめなさい」と言われて起こるのではなく、言われた側が言われた内容を自分で考えたり、家族に相談したりした結果、自分のものにする「内在化」を通して起こる、「自己説得」なのです。その観点から考えてもFさんは自分の病状や手術、治療の選択肢について十分な認識力を発揮して医師からの情報を自分のものにし、自信をもって決断をすることができそうです。
医師に言われたからとか、どちらにしていいか分からなかったのでどうでもよいと思ったから、といったいい加減な決定ではなく、Fさんのことを一番よく分かっている人たちとの対話を通してFさん自身が自分と向き合って決断をする、という状況を作ることができています。こうして決めた結果には後悔する可能性も低くなることでしょう。
※『治療効果アップにつながる患者のコミュニケーション力』(朝日新聞出版)より
宮原 哲/西南学院大学外国語学部教授
1983年ペンシルベニア州立大学コミュニケーション学研究科、博士課程修了(Ph.D.)。ペンシルベニア州立ウェスト・チェスター大学コミュニケーション学科講師を経て現職。1996年フルブライト研究員。専門は対人コミュニケーション。ヘルスコミュニケーション学関連学会機構副理事長。
主な著書:「入門コミュニケーション論」、「コミュニケーション最前線」(松柏社)、「ニッポン人の忘れもの ハワイで学んだ人間関係」、「コミュニケーション哲学」(西日本新聞社)、「よくわかるヘルスコミュニケーション」(共著)(ミネルヴァ書房)など。
中山健夫/京都大学大学院医学研究科健康情報学分野教授・医師
1987年東京医科歯科大学卒、臨床研修後、同大難治疾患研究所、米国UCLAフェロー、国立がんセンター研究所室長、京都大学大学院医学研究科助教授を経て現職。専門は公衆衛生学・疫学。ヘルスコミュニケーション学関連学会機構副理事長。社会医学系専門医・指導医、2021年日本疫学会功労賞。
主な著書:「健康・医療の情報を読み解く:健康情報学への招待」(丸善出版)、「京大医学部で教える合理的思考」(日本経済新聞出版)、「これから始める!医師×患者コミュニケーション:シェアードディシジョンメイキング」(医事新報社)、「健康情報は8割疑え!」「京大医学部のヘルスリテラシー教室」(法研)など。