女性にとって乳房はからだの中でも最も重要な部分の一つです。Fさんは子育てもずっと前に終わり、乳房は「機能」としては必要ないものの、温泉の大浴場を使う際はもちろん、今後の生活のさまざまな場面で女性らしさに文字通り大きな傷が入ることはとても不安です。しかし同時に乳房を温存することによって、再発や転移の可能性が少しでも上がるのであれば、その心配を抑えるためにも全摘出手術を選んだほうが良いのでは、と考え方は真二つに割れています。この状態で主治医と話に行きます。

■エピソード1

Fさん:先生、いろいろと考えたのですが、全摘出と温存と、どちらにすれば良いか決められなくて困っています。

医師:この前もお話したように、全摘出か、温存療法ではどちらが良いかは、研究でも分かっていないのです。今は患者さんが決める時代ですので、ご家族と相談して決めてもらうのが一番良いのですが。

Fさん:そうは言われても、どちらが、自分にとって良いのか分からないのに…。これが先生の奥様だったら先生はどう考えますか?

医師:私の妻だったら、ですか?そうですねえ、妻はまだ40歳になったばかりだし、温存療法でしょうかね。でも、再発や転移の可能性が少しでも高いというエビデンスがある以上、医師としては全摘をまったく考えないわけではありません。私も医師としてたくさんの乳がん患者さんを診てはきましたが、やっぱり男性なので、女性の立場に立って、というわけには…。

Fさん:では、どっちにしても本人と家族でよく考えて決めるしかない、ということですね。

医師:はい、そのようにこれまでも申し上げてきたつもりですが。

【このときの医師の気持ち】

 この前あれだけ全摘出と温存の違いや共通点、術後のリハビリなどについて丁寧に説明し、十分分かってくれたと思っていたのに。今日はどちらにしたいか決めて、それを伝えてもらうことにしていたのに、これでは前回から何も進んでいない。さらに今になって「私の妻だったらどうする」なんて尋ねられても…。乳がんの手術という、女性にとってはものすごく大きな決断であることは間違いないし、難しいのは分かっているつもりだが、そろそろ決めないと、いろいろと支障も出かねない。それとも判断するのにまだ何か情報が足りないのかな。こちらであと何をすべきなのかな…。

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