
AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。
いしいしんじさんによる『マリアさま』は、動物や自然が数多く登場するように、狭苦しい人事を超え、時空をも超え、ささやかだが確かに生起している森羅万象を、様々な視点から捉えた掌編・短編作品集。著者のいしいさんに、同著に込めた思いを聞いた。
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本はつくづくありがたいメディアだと思う。2000年から18年まで、バラバラに書かれた27もの作品がこうして一冊で通読できる。
「写真家の鬼海弘雄さんから、“いしいくんもとうとうこんな域に達したんだな、と思って初出を見たら、2006年じゃないか! 全然変わってないじゃないか! ”と言われました(笑)。そう、ぼくはずっと同じなんです」
正岡子規と一緒に東京ドームで野球観戦する話。体からどんどん土がわいてくる青年の話。急行列車の2人掛けシートの隣に、人ではなく短編小説が座り、「僕」と会話する、なんて話もある。
「その時浮かんできたものをなるべく変質させずに書いてきました。言葉にならない大きな塊や、すごく速い何物かを逃さずにつかみたいという思いが常にあります」
いしいしんじさん(53)は、訪れるものを素直に待つ人だ。インタビュー中も「そういえば」「思い出した」としばしば発言する。
「つい今朝のことですが、エッセーの締め切りが迫っていました。ジェンソン・バトンというドライバーのことを書いてほしいという依頼です。ところがぼくは前日に仙台で柳美里さんの青春五月党の芝居を見ていて、その芝居や仙台のことが書きたくなってしまう。どうしようと思っていたら、あっ! と思い出したんです。ジェンソン・バトンは親日家で、3.11の地震の翌月に仙台に来てるんです。そこでバトンと仙台がつながりました」