それもトイレやシャワー室、ベッドの下、地下室など、狭い場所が好きだ。

 つまりホラーとは「閉じられた空間に起こる怪異」と言えるかもしれない。

古びた家屋、森の中の洋館、謎の研究室……、「閉じられた空間」はホラーの舞台に好まれる? 伊藤潤二『潰談』より
古びた家屋、森の中の洋館、謎の研究室……、「閉じられた空間」はホラーの舞台に好まれる? 伊藤潤二『潰談』より

1:「逃げ場」のない恐怖

 空間の狭さが大切なのは、主人公(被害者)の逃げ場所をなくすためだ。

 例えば、いま1体のゾンビが、あなたの部屋に侵入してきたら、きっと死に物狂いで抵抗するだろう。

 ところが、どこか遠くの外国に現れたとしたら、「うわぁ、なんかヤバそうだなぁ」などと、コーヒー片手にネットをしながら軍隊の出動を待つのではないだろうか。 

 つまりホラー作品で描く怪異は「我がごと」でなければならない。「遠く離れた場所にいる誰か」に起きるかもしれない怪異では、まさしく他人事になってしまう。自分が安心できる場所に正体不明のものが現れることに、人間はもっとも恐怖を感じるのである。

2:「共有できない」という恐怖

 また、閉じられた空間で起こる怪異は、「他者と恐怖を共有できないことの恐怖」をも生み出す。

 例えば、自分だけにしか幽霊が見えていない状況や、「次はお前の番だ」といった呪いのセリフは、読者に恐怖を感じさせる典型的な手法だ。

 このように「自分だけが襲われる」というシチュエーションは、ホラー作品において主人公、ひいては読者の焦りと孤独感を増幅させる重要な装置と言えよう。

 これらの要素を鑑みて自分の作品をあらためて見ると、はたして正統的なホラー漫画といえるのか怪しい気もする……。だが、私はいわゆるハウツー的思考によって、読者の作品に対する解釈が限定されたり、描き手の想像力が狭まったりすることを望まない。読む人も描く人も、自由であっていいと思っている。

伊藤潤二著『不気味の穴――恐怖が生まれ出るところ』から一部抜粋・再編集。著作の中では、先生が影響を受けたものや作品の裏話、「唯一無二な発想法」を明かしている)

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