だが、化学進化が生命誕生の準備をしたからといって、そのあとに生命が自動的に立ち上がるわけではない。糖、アミノ酸、核酸を混ぜ合わせても、それはどこまで行ってもミックスジュースでしかない。細胞のタンパク質はすべて人工的に合成できるが、たとえ細胞のタンパク質をすべて試験管内に入れても、そこから生命が立ち上がることはなく、それはやはりミックスジュースでしかない。代謝や呼吸が生まれることはない。
何が足りないのか。それはたえず増え続けるエントロピー(乱雑さ)を捨て続けるための仕組みである。次回以降、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーがその著書『生命とは何か』で洞察した予言について考えてみたい。(文/福岡伸一)
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